十一章
南の遺跡へ向かって走り続けていたバギーカーは、荒れた大地の真ん中で立ち往生していた。バギーカーの周りを見たことのない亜種動物たちが取り囲んでいる。
「うわー。凶暴そうだなぁ。なんだろうな、あれ」
エリックがのんびりと言う。
「さあ。見たところ、トンビ。それかワシかな? ……恐ろしく大きいけど」
スタンは眩しさに目を細めてニックと格闘している大型の亜種動物を見上げた。
「いやー、ほんっと、育ちに育ったって感じだよな」
エリックと共にスタンも大きく頷いた。
「ヨー! ちょっとはアニキも手伝ってくれよ」
堪りかねたのか、ニックは情けない声をあげて振り返る。
「いや、ぼくはあまり大きな動物を相手にしたくないんですよね。特に鳥は――」
「昔、さらわれかけたもんな。マンガみたいに」
スタンはエリックの頭を叩くと、重い気持ちで刀を取り出した。
「つうか、詞使えばいいじゃねえか。これ、吹っ飛ばしてくれよ。放れねえ!」
鳥に手を掴まれながら、ニックは必死に抵抗している。
「今、詞を使うとあなたも吹っ飛びますけど」
「……刀でお願いします」
「はいはい」
スタンはため息をつきながら頷くと刀を構えた。
「じゃ、少しだけ動かないでくださいね」
そう言うと、スタンは狙いを定めて鳥の足を一気に切断する。
「うわっ」
勢い余ってニックがその場に尻餅をつく。片足を失った亜種鳥は甲高い叫び声をあげて、大空へと飛び去って行った。
「ああ、よかった。向かってきたらどうしようかと思ったよ」
「どうしようって、どうせぶった切るくせに……」
ホッと息をつくスタンの横でエリックはボソリと呟いた。
「ほら、ニック。いつまで座ってるんですか。行きますよ」
「ヨー、アニキ。もっと早く助けてくれよ」
彼は、まだ腕についたままの鳥の足を気持ち悪そうに投げ捨てながら立ち上がった。
「だから言ったじゃないですか。ぼくは鳥が嫌いなんです」
「……ヨー、俺も今ので嫌いになった」
「でもさ、この辺りって本当に見たことない亜種動物がいっぱいだよな。研究者が喜びそう」
「そうだね。けど、そろそろ防護服が必要みたいだ」
スタンは車に乗り込むと消毒装置を起動させながら呟いた。外の汚染レベルは人が装備なしで行動できるギリギリのレベルだった。
そして三日後。バギーカーはようやく南の遺跡にたどり着いた。そこは見たことのないほど広大な遺跡地帯。スタンとニックは全身を覆った防護服に身を包み、バギーカーから降り立った。
「はあ。すげえ汚染物質の臭いだ。こりゃ、人間にはきついぜ」
鼻をクンクンさせながらエリックが言う。
「ヨー、犬っころ。おまえはいいよな、防護服なしでいられて。これ、暑くてたまらねえ」
ニックは顔をしかめ、大きく背伸びしているエリックを羨ましそうに見つめた。防護服は特殊な素材で作られた服で、高レベルの有害物質の侵入を遮断する効果を持つ。完全に空気が浄化されるわけではないが、低レベルの汚染地帯にいるのと変わらない程度にはなる。ただ一つの欠点は、内部に熱がこもってしまうことである。長時間の着用はしたくない。
「それで、どこにあるんだろうね。詞使いの国とやらは」
スタンは辺りを見回しながら言った。広がるのは状態よく残った前文明の都市の跡。とても大きな町だったようで建物の造りもしっかりしている。しかし、当然のことながら人の気配はない。
「ヨー。ここならもっとすげえ前文明品がありそうじゃねえ?」
ニックが興味津々に近くの遺跡の中を覗き込んだ。
「今はそれよりも本ですよ。発掘は後からでもできます。……というか、あなたは歴史家ですよね? この遺跡に対して発掘よりも歴史的興味はないんですか」
「んー、別に。俺はどっちかっていうと発掘屋になりたかったんだけど、試験に落ちたんだ。で、歴史家の試験の方に合格したんだよ。まあ待遇としては大して変わんないから、そのまま歴史家として登録したってわけで」
「つまり、各地で受けられる待遇が目当てだったってわけね」
エリックの言葉に「その通り!」と大きく頷くニック。その様子を横目で見ていたスタンは視界の端に動く影を捉えた。
「ちょっと、静かに」
スタンの視線に気づいたニックとエリックはそちらに顔を向けた。
「エリック、何か匂わない?」
エリックは鼻をクンクン鳴らす。
「そうだな……。汚染物質の臭いでよくわからないけど、微かに人間の臭いが混じってる。複数だ」
「よし。なんとか追ってくれると助かるんだけど」
「任せろ」
エリックは小声でそう言うと、地面に鼻をくっつけながら歩き始めた。
「姿勢を低くして、音を立てないように」
スタンの指示にニックは真剣な表情で頷く。そのままエリックに導かれてたどり着いたのは、細長く背の高い遺跡だった。
「あそこに続いてる」
エリックは自信を持って断言する。その時、向こうの遺跡から人影が現れた。
「隠れて」
スタンたちは近くの遺跡の後ろに身を潜める。人影はスタン達に気づく様子もなく近づいて来た。どうやら初老の男のようだ。肩に何かを担いでいる。目を凝らして見てみると、それがまだ幼い少女だということがわかった。気を失っているのか、ぐったりしたまま動かない。
男は一際高さのあ大きな遺跡の前で一度辺りを見回した後、その中へ入って行った。スタンたちは気づかれないように入口まで近づき、中の様子を窺う。男は奥の突き当たりを曲がっていった。
「……どうやら本だけ探すっていうのは人道的にできそうにないね」
「――だな」
エリックが頷く。
「ヨー。まさか、あれって少女連続誘拐事件?」
「おそらく、そうでしょうね」
「マジかよ」
「でも、何のためにこんな場所へ女の子を連れてきたんだろうな」
エリックは首を傾げた。
「それは、行ってみればわかることさ」
スタンは言って遺跡の中へ足を踏み入れる。
「――だな」
エリックとニックも頷いて後に続いた。
遺跡の中は比較的きれいで、まるで遺跡ではないようだった。人の出入りが多くあるのだろう。きちんと手入れされている様子だ。
スタンたちは男の後を追って奥の突き当たりを曲がった。そこにすでに男の姿はなく、代わりに両開きの扉が一つあるだけだ。近づいて調べてみるが、その扉にはドアノブもなく、押しても開かない。
「なんだろう。この扉」
スタンは振り返ってニックとエリックに意見を求める。
「そうだなあ」
エリックは扉の匂いを嗅ぎ回って首を傾げた。
「ヨー。ここに、なんかボタンがあるんだけど」
「ボタン?」
見ると、扉の横に小さな丸いボタンが一つ壁にくっついていた。
「これ、押すのかな」
言いながら、スタンは何気なくボタンを押してみる。するとポーンという音と共に扉が左右に動いた。
「……開いた」
二人と一匹は、一度顔を見合わせてその中を覗き込む。
「なんだこれ。えらく狭い部屋だな」
「でも、人間の匂いがプンプンする」
「――中に誰もいないみたいだし、隠し扉でもあるのかも」
スタンたちは言いながら中に入る。すると扉が自動的に閉まっていった。
「……罠かな」
閉まっていく扉を見ながらスタンが呟いた。
「罠だったとしても、もう遅いし」
ニックは言いながら肩をすくめた。扉が閉まると、部屋はガクンと大きく揺れた。
「な、なんだ?」
重力の変化を感じる。床が動いているような気がするが、おそらく動いているのはこの部屋そのものだろう。
「すごい。動く部屋なんだ。下降してるのかな」
スタンは感心しながら床に視線を落とした。
「ヨー。これって多分、前文明の機械だと思うぜ。たしか……エレベーターっていうやつで、人を上や下の階に運ぶ乗り物だ」
「おお、ニックの歴史家らしい一面を初めて見たぜ」
エリックはそう言って、からかうように笑う。
「へえ、エレベーター。たしかに、こんなに高い建物を階段で移動するのは大変だろうな。前文明の人たちは、本当にいろいろ便利なものを作ったんだね」
「その自分たちが作った物が原因で滅んだっていう説もあるけど」
「へえ。一応、ちゃんと基本的な知識はあるんですね」
スタンは意外に思いながらニックを見た。
「ヨーヨー。俺も一応、資格取ってるんだよ。それなりの勉強はしてるっつーの。まあ、それ以上勉強はしてねえけどよ」
馬鹿にされるのは心外だとでも言うようにニックは肩を竦めた。喋っているうち、エレベーターは軽く揺れて停止した。
「……ヨー。なんだよ、これ」
扉の先に見える光景に、思わずといった様子でニックは呟いた。二人と一匹はエレベーターから降りてその光景に息を呑んだ。
「いやー、すっげえなあ」
興奮した様子でエリックは、ちぎれんばかりに尻尾を振っている。スタンは言葉もなく周りを見渡す。そこに広がっているのは大規模な都市だった。遺跡でもなく、町でもない。紛れも無く、一つの都市。今にも住人がひょっこり顔を出してきそうな雰囲気だ。しかし、人が住んでいる気配はない。地下であるはずなのに明るいのは天井に設置された大量の電灯のおかげだろう。それに加えて天井のところどころに太陽光が当たるよう、大型の窓まで取り付けられていた。
「ここは、一体……?」
一通り辺りを見回してから、スタンは誰にともなく聞いた。
「わかんねえけど、ここ汚染されてないぜ。きれいな空気だ」
エリックが空気を吸いこみながら言った。
「本当に?」
「ああ、防護服脱いでも大丈夫」
エリックの言葉に二人はその場で防護服を脱ぎ捨てた。
「ヨー、どうなってんだ? これ」
「さあ。ぼくにもわかりません。けど、これで楽になった」
スタンが腕をグルグル回して関節をほぐしていると、エリックの耳がピクリと動いた。
「おい、男がいるぞ」
エリックは小声で言いながら姿勢を低くした。その視線の先には少女を担いだ男の姿がある。まだスタンたちには気づいていないようだ。
「ヨー、どうする?」
「――尾けよう」
スタンはそう言うと、建物に隠れながら尾行を開始した。男は迷う様子もなく、まっすぐどこかへ歩いていく。
「どこに向かってるんだろうな」
「さあ。でも、うまくすれば他の子たちがいる場所がわかるかも」
スタンは言いながら、ふと後ろを振り返った。
「ヨー、どうした?」
「何かいたような――。いや、気のせいみたいです」
男は町の端まで来ると、大きな白い建物へ入って行った。
「あそこが監禁場所ってわけか」
エリックとニックは慎重にその建物へ歩み寄る。しかし、スタンは立ち止まったまま辺りの様子を窺っていた。やはり、何かの気配を感じるのだ。慎重に周囲に視線を走らせていると、少し離れた建物の陰から一人の少女がこちらを見ていることに気がついた。隠れているわけではない。建物の隣に立って、まっすぐこちらを見ている。
年は十歳ぐらいだろう。茶色の長い髪の毛を二つに結んでいる。黄色い小さな花柄のワンピースがなぜか輝いて見えた。彼女はまるでスタンを誘うかのように笑顔を見せると走り去って行った。
「ヨー、アニキ。行かないのか?」
「あ、そっちはニックとエリックに任せます」
「はあ? スタンは?」
エリックは不思議そうに首を傾げる。
「ぼくは……鬼ごっこしなくちゃいけないみたいだ」
「鬼ごっこ?」
「誰と?」
「女の子。ぼくが鬼かな」
スタンはそう言うと、少女が消えた方へと走りだした。
「女の子って?」
エリックはニックを見上げる。
「さあ。まあ、俺たちはアニキに言われた通り、こっちを片付けようぜ」
ニックはあまり気にしていない様子で、男が入って行った建物を見上げた。
「だな」
エリックも頷き、彼らはその建物へ真っ正面から侵入した。




