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詞を継ぐ者  作者: 城門
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八章

 ゆっくり目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。どこだろうと思いながらスタンは体を起こす。

「お、スタン。気づいたか!」

 ベッドの隣に座っていたエリックが嬉しそうに耳を垂らして尻尾を振った。

「エリック。――ここは?」

「ここは、病院だ」

 開きっぱなしになっているドアの向こうから声が聞こえた。目をやると、白髪混じりの初老の男がゆらりと入ってきた。医者なのだろう。白衣を身につけているが、なぜかその着こなし方や動きがニックを連想させる。

「俺は医者のレイス。あんたは俺の患者だ」

「……病院?」

 記憶を呼び覚まそうと目を閉じる。そして、あの男の詞で体中に火傷を負ったことを思い出した。スタンは腕を押さえて確かめる。しかし、どこにも火傷の跡はない。一番ひどく焼けただれていた左腕にも傷一つ残っていなかった。

「あの――」

 スタンが口を開いた時、ドカドカと派手な音を立てて男が走りこんできた。

「ヨーヨーヨー、アニキ! よかった、気づいたんだな。もう、俺どうしようかと思ったぜ。気づいたら遺跡なんて影も形もないし、アニキぶっ倒れるし。ケガひどいし。どうしようもないから犬っころと相談して、一度町に戻ったんだ」

 喋りながら、ニックは椅子に腰を下ろす。

「けど、すげえよな。アニキの火傷、跡も残らず治っちまうんだから」

 ニックの話に、スタンはレイスに問うように視線を送った。

「ああ、たまたまあんたが運ばれてきた時、ローレンという詞使いが来ていてな。そいつが怪我を治す効果の詞があるってんで、使ってもらったんだ。いやー、俺も驚いたよ。これじゃあ、医者要らずで俺も失業だな」

 レイスはそう言って豪快に笑う。

「……へえ、そんな詞があるんですか」

 スタンは感心しながら頷く。それからふとニックに目線を向けた。

「ところで、ぼくはどのくらい寝てました?」

「ちょうど三日」

「三日か。遺跡が消えたことを警備隊には?」

「もちろん言ったぜ。だってマジでやばいだろ、あれは」

 ニックは肩を竦めている。

「それで、事情は?」

「俺の知ってる限り話したけど。でも、この町の警備隊は今それどころじゃないらしいんだけどな」

「どういうことですか?」

 スタンの問いに、今度はレイスが答えた。

「今、この町では小さな女の子の失踪事件が連続して発生していてな。警備隊はそっちの方で忙しいんだ。それに加えてこの前、図書館で詞の本が盗まれた件も捜査中で人手が足らんらしい」

「ああ、壁が爆破されて盗まれたっていう」

 レイスは頷いた。

「で、図書館の連盟から派遣されてきたのがローレンだ」

「なぜ派遣なんか」

「――図書館の件は、詞使いが関係しているのは明らかだろう。たぶん、詞使いがやらかした事件は詞使いで解決しようってことじゃないか? どうやら少女失踪事件はこの町だけではなく近隣の町でも起こっているようだから、警備隊の応援も来れないんだろう。彼の他にも何人か詞使いが派遣されてるみたいだし」

 なるほど、とスタンは納得して頷いた。つまり本の事件は後回しにされて捜査は一切進んでいない。図書館側からすると面白くないだろう。だから、できるだけ自分たちで捜査しようというわけだ。一方のニックは何もわかっていないのか、ただ首を傾げている。

「ところで、あんたのあのケガは詞によるものなんだろう? ローレンが話を聞きたいと言っていたぞ」

 レイスの言葉に、スタンは頷いて答えた。

「じゃあ、会いに行ってみます。もう退院してもいいですか?」

「ああ。倒れた原因は極度の精神疲労みたいだが、ずいぶん寝たからもう大丈夫だろう。さ、早く行ってくれ。この兄ちゃんが毎日毎日、ヨーヨーうるさくて仕方ない」

 レイスは心底迷惑そうに眉を寄せた。

「ヨー、そりゃないぜ。ダンス、教えてやっただろ」

 ニックはその場でステップを踏んでみせる。

「だから入院費をチャラにしてやったじゃないか。確かにダンスは興味深かったが、おまえのその喋り方はどうにかならんのか」

「ヨー、どうにもなんねえな」

 ニックはニヤっと笑った。レイスは文句を言いながらも、これはこれでニックと気が合っているらしい。珍しいこともあるものだと思いながら、スタンはベッドから立ち上がった。


 レイスからローレンの居場所を教えてもらい、さっそく向かうことにした。ローレンはホテルの部屋に待機しているらしい。そのホテルはニックが泊まっているところと同じだった。

「すみません」

 部屋番号を確認してドアをノックする。するとすぐに中から声が答えた。

「どうぞ。開いてますよ」

 スタンはそっとドアを開いて中を覗く。そこには丸い眼鏡をかけた男が椅子に座ってこちらを向いていた。細くひ弱そうな身体は、いかにも研究者といった風体だ。顔は童顔で、年齢は一見しただけではよくわからない。しかし雰囲気から察するに、おそらく三十代くらいだろう。彼はその人の良さそうな顔をスタンたちに向けた。

「ああ、スタンさんですね。もう退院されたんですか」

 にこやかにそう言うと、彼は椅子から立ち上がった。

「僕がローレンです。よろしく。僕のことレイスさんから聞いてますよね?」

 スタンは頷く。

「怪我の具合はどうですか? あ、どうぞ中へ入ってください。後ろの方たちも」

 ローレンはそう言って椅子を勧め、自分はベッドの上に座った。スタンとニックは勧められるまま椅子に座り、エリックはスタンの隣で床に座った。

「君の怪我、かなり酷かったんですが、ちゃんと治りましたか?」

 心配そうな表情のローレンにスタンは頷いた。

「ありがとうございました。もうすっかり大丈夫です。でも、怪我を治せる詞があるなんて知りませんでした。もしよければ、後で教えていただきたいんですが」

「ふむ、そうですね……。普段は人に詞を教えたりしないんですが、今回は交換条件ということでお教えしましょうか」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべてローレンが言う。この年頃でこういう仕草をすると気持ち悪いものだが、彼の場合はそうでもない。童顔が成せる業だろうか。

「交換条件、ですか」

「ヨー、アニキ。なんなら力ずくで教えさせましょうか」

 突然とんでもないことを言い出すニックを冷たく睨み、スタンは「黙っててください」と一喝した。ニックは肩を落として落ち込んでいる。

「はは。彼は本当に面白いなぁ。君を病院に運んできた時も、それはそれは大騒ぎで――」

 ニックがいったい何をしでかしたのか、スタンはなんとなく嫌な予感がしたので話を進めることにした。

「で、交換条件っていうのは?」

「ああ、そうでした。えっと、君を怪我させた詞使いについて知っていることを教えてもらいたいんです。どういう詞を使ってあの辺りの遺跡が消えたのかということも」

「ヨー、それなら俺が話したじゃねえか」

 不満そうに腕を組んでニックは言う。

「うん、確かに君からも聞きましたね。でも君の情報とスタンさんの情報、二つの情報があったほうが、より正確に状況把握ができると思いませんか? 詞使いにしかわからないこともありますし」

 そう穏やかな態度で言われるとニックも頷くしかないようだ。

「あ、あと君の意見も聞きたいな、エリック君」

 ローレンはエリックの顔を覗き込んだ。エリックは姿勢を低くして後ずさる。

「……エリックのことを?」

「ええ。最初に会ったとき、彼、うっかり喋ってたんですよ。まあ、それ以上にニックさんが騒いでましたから、僕とレイスさん以外は気づいていないと思いますけど。しかし、珍しいですよね。特異進化種ってやつですか?」

 レイスにもばれていたのかと、スタンはエリックを軽く睨んだ。エリックは申し訳なさそうに耳を伏せている。

「大丈夫ですよ。彼が凶暴じゃないということは分かってますから。彼、君のことをすごく心配してたんですよ」

 スタンはため息をついて、横目でこちらの様子を窺うエリックの頭をポンポンと叩いてやった。

「それで、その詞使いというのはどんな?」

 スタンはローレンに自分の見たままのことを告げた。あの男が行っている実験についてはなんとなく伏せたまま。

「ふむ。よくわかりませんね。その、国家というのは?」

 顎に手をやりながらローレンは考え込む。スタンは「さあ」と首を傾げた。

「ぼくにもさっぱりです。どこかに国を作ろうとしてるんでしょうか」

「国を……。しかし、どこにそんな場所があるんでしょう。国家というからには、かなり大規模な都市を作っているということですよね。しかし、我々が暮らしていける場所は少ない。連盟の本部がある町も、この町より僅かに大きい程度ですよ。大規模な町を作れるほど、清浄な土地はもう存在しないはずです。それに、その男が最後に使ったという詞――」

 ローレンは言いながら端末を取り出した。

「これですよね?」

 差し出された端末をスタンは覗き込んだ。そこにはあの(メチ)という詞が表示されている。

「そうです。これです」

「君も唱えたと言っていましたね。どこでこの詞を?」

 難しい表情でローレンは聞いた。

「隣町で、ある人に本をもらったんです」

「その本は図書館に売った?」

「ええ、その町の図書館に」

「やはり、そうか……」

 ローレンは低く唸って腕を組んだ。よく状況が理解できないスタンたちは顔を見合わせる。

「ヨー。どういうことか説明しろよ」

「ああ、ごめん、ごめん。実は図書館の本を盗まれたのはここだけじゃないんですよ」

「じゃあ、まさか隣町も?」

 ローレンは頷いた。彼の話ではこの近辺の町の図書館すべてが襲われ、詞の本だけが盗まれたのだそうだ。しかも、その事件のほとんどが同時刻に起こったらしい。

「これは、組織的な犯行ですよね。そして、その詞使いの言葉――」

「我が国家、ですか?」

 スタンが言うと、ローレンは深刻な表情で頷いた。

「ヨー、どういうことだよ」

「なんだよ、まだわかんねえのか?」

 エリックは呆れたようにため息をついた。

「つまり、あの男は詞使いの国を作ろうとしてんだよ」

「はあ? なんでそうなるんだ」

 ニックは眉間にシワを寄せて考え込んでいる。

「いいですか? 同時に詞の本が盗まれたということは犯人は複数。そして犯行の手口から、おそらく全員が詞使いのはずだ。さらに君たちが会った男はスタンさんが納めたばかりの詞を使っていた。ならば、その男が犯人の一人なのは確実。さて、図書館から盗んだ大量の本を彼らはいったいどうするのか?」

 ローレンは答えを求めるようにスタンを見た。

「独占、力の誇示に利用する」

 スタンが答えるとローレンは人差し指をピッと立てた。

「正解。自分たちの仲間になれば、いくらでも詞の力が手に入るぞというアピールになる。そして、スタンさんは仲間にならないかと誘われ、ニックさんは誘われなかった。つまり?」

「……詞使い以外は誘わない」

 今度はニックが答える。

「正解。以上から、その男の目的は詞使いの国家を作ることではないか、という仮説が成り立つ」

「はあ、なるほど」

 感心して頷くニックにエリックは「ようやく分かったか」と馬鹿にした口調でからかった。

「問題はさっきも言いましたけど、その国の場所ですね。あの男の口ぶりからすでに町は出来上がっているみたいですし。……後は国民集めのみ、みたいな」

 スタンの言葉にローレンも頷いた。

「ですね。ここら辺が狙われてるってことは、その国も近くだと思うんですがね。この近辺、実は他の地域に比べて汚染レベルが高いんですよ。君たちが行っていた地域あたりが防護服なしで行動できるギリギリのところですね。その先は、ずっと危険地帯です」

「地図にも載ってないですしね」

「ええ。危険というのは汚染レベルだけでなく、亜種動物がかなりいるからなんですよ。しかも見たこともないような凶暴なのがたくさん。歴史家も発掘屋も、あの地域だけには行こうとしない。きっと国があるとするならその先の地域ですね。おそらく、本泥棒たちもそこに――」

「ヨー。そういえば、あのチンピラたちが言ってたのってそこら辺じゃなかったっけ」

「チンピラ?」

 ローレンが眉を寄せてニックを見た。

「あー、いえいえ、なんでもないです」

 スタンは慌ててエリックの背中を押す。すると、エリックはすごい勢いでニックに噛みついた。

「いってえ! ヨー、いきなり何すんだ。この、犬っころ!」

「ガルルルル」

 ニックはエリックを引き離そうと暴れるが、エリックは必死に噛みついたまま離れようとしない。

「いったいどうしたんですか、これは」

 ローレンは困惑した表情でスタンを見た。

「ただじゃれているだけですから、気にしないでください。いつものことです」

「そ、そうですか?」

 そんな会話が交わされている間にもニックとエリックの戦いは激しさを増していく。

「ヨー、犬っころ。外に出ろ! 勝負だ」

「望むところだ。二度と犬っころと呼ばせなくしてやるぜ」

 彼らは怒鳴りあいながら騒がしく部屋を出て行った。

「さて、静かになりました。続けましょうか」

「は、はあ」

 ローレンは開け放たれたドアを呆然と眺めながら戸惑ったように頷いた。

「といっても、ぼくの知っている情報は以上なんですが……」

「そうですか。大変参考になりました。僕はこのことを本部に報告します。おそらく五日以内には調査隊が来るでしょう」

 スタンは瞬時に考えを巡らせた。調査隊が来てあの男の言う国とやらを見つけられては、もちろん本は没収されてしまうだろう。本を売ることは無理でも、せめて集められた詞を端末に入力しておきたい。そのためには調査隊よりも早く本を見つけなければ。

「スタンさん、どうしました?」

「いえ、別に。それで、詞の方なんですが」

 スタンは考えを中断し、聞くべきことを聞くことにした。

「ああ、そうでしたね」

 ローレンは頷きながら端末を取り出し、怪我を治す効果を持つという詞をスタンに見せる。

「そういえば、なぜつい最近ぼくが見つけたばかりの詞があなたの端末に登録されてあったんですか?」

 スタンは自分の端末に目的の詞を入力しながら聞いた。

「それは、一度図書館に納められた本の情報は僕の端末に届くようになってるからですよ。これでもかなり優秀な詞の研究者ですから。……まあ、使える詞はほとんどないんですが、ありがたいことに頭の方はいいんです」

 ローレンは笑いながら自分の頭を人差し指でトントンと叩いた。

「へえ。じゃあ、なぜぼくがあの詞を使えなかったんだと思います?」

「んー。たぶん、あれは君が使える詞の属性じゃなかったんじゃないかな」

「属性?」

 手を止めてスタンはローレンを見た。

「そう。詞使いにも使いやすい詞と使いにくい詞があるだろ? 例えば、極端に火を使う詞が得意な人は、逆に水を使う詞が不得意だったりとか」

「けど、ぼくは今までどんな詞も使えてましたよ?」

 スタンは納得いかないとばかりに言った。

「うん。きっと君はセンスがいいんでしょうね。でも、あの詞はちょっと普通とは違う。君も目の当たりにしたからわかるでしょう。なんというか、負の力を持っているんですよ。君はきっとその負の属性を持っていないんじゃないかな」

「負の属性、ですか……」

 少し考え込みながらスタンは詞の入力を終えた。

「とにかく、僕は本部の調査隊と共にその国を探してみます。あ、分かってるとは思いますが、君たちはあの周辺に近づいちゃダメですよ」

 真剣な表情のローレンにスタンは素直に頷いてみせた。


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