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詞を継ぐ者  作者: 城門
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七章

 その頃、スタンは人影を追っていた。スタンの存在に気づいた人影は遺跡から飛び降り、素早い動きで逃げ出していく。辺りはすでに暗くなり、油断すると見失ってしまいそうだ。

「ああ、もうめんどくさい」

 スタンは苛立ちながら、逃げる人影の背中に向かって詞を唱えた。

(ヒョウ)(ソウ)(ソウ)

 詞に呼応して鋭い氷塊が現れ、人影目掛けて飛んでいく。突然の攻撃に驚いたのか、相手は体勢を崩してそのまま転倒した。

「さあ、追いつきましたよ」

 スタンは倒れた人物の後ろに立って刀を構えた。倒れているのは男だった。長身で痩せた男。

「あなたが、あの人たちが言っていた『ある男』ですね」

 すると男はゆっくり起き上がり、パンパンと服を叩いた。

「これはこれは、たいした詞の使い手だ。その若さであんなに連続して詞を使えるとは」

 雲から覗いた月の明かりで男の姿がくっきりと浮かびあがる。歳は中年。黒い髪の毛を七三に分け、黒ぶちの眼鏡をかけている。服装はなぜか、この遺跡地帯に不似合いな紺色のスーツ。

「誰ですか? あなた」

 油断なく構えながらスタンが聞くと、男は眼鏡をずり上げながら口角を上げて笑った。

「私ですか? そうですね……。ある国の役員とでも言っておきますか」

「国? 今の世の中に国家なんて存在しませんが」

「そうですね。今はまだ、ね。見たところ、あなたは生まれついての詞使い。十分、我が国の民になる資格があります。どうです? 詞の本を十冊納めるなら、仲間にしてあげてもいいですよ」

「お断りします」

 スタンは即答した。

「おや、そうですか。それは残念。では、私はこれで」

 男は食い下がることもせず、さっさとその場から立ち去ろうとする。

(ヒャク)

 男の行く手に土壁が立ちはだかった。

「……なんの真似ですか?」

 男はまた眼鏡をずり上げながら振り向いた。その目には怪しげな輝きが見える。

「あなたの国とやらには全く興味はないんですが、あなたのやっていることには興味があるんです」

「と、いうと?」

 男はゆっくり、スタンの方へ一歩近づいた。

「あなた、いや、あなたの国ですか。本を集めてるんですよね? ぼくはそれに用があります。ついでに詞使いではない人間にどうやって詞を使う力を与えているのか、ということにも興味があるんですけど」

「それは教えられませんね。企業秘密ですよ。それに本も我が国に必要なもの。あなたに渡すわけにはいきませんね」

 男の口調は穏やかだ。しかし、その雰囲気は決して穏やかではない。眼鏡の奥の鋭い目は吊りあがり、口元だけに浮かんだ笑みがひどく不自然だった。

「そうですか。では、力ずくでいかせてもらいます」

 スタンはそう言うと刀を構え直した。

「……仕方ないですね。今日の仕事は終わったというのに」

 男はため息をつきながらそう言うと、バッと腕をスタンに向けて突き出した。

(バク)(エン)(フウ)

(シュ)(キョウ)(スイ)

 男の詞によってスタンの周りに大きな爆発が起こった。それに火と風が加わって爆発は規模を増す。しかしスタンは慌てることなく、自分の周りに強化した膜を巡らせ、さらに真上から水を降らせて炎を鎮火し、爆煙を治めた。

「ふむ。なかなかいい詞の選択ですね」

「それはどうも」

 スタンは言いながら走り出した。男の胴を目掛けて刀を振る。しかし、彼は普通ではありえないほどの跳躍力で遺跡の屋根へ飛び乗った。スタンは素早く引いて距離を取る。

()(エン)(エン)(セン)

 男の唱えた詞はスタンの周りに猛烈な炎を発生させた。それは、まさに地獄の業火のごとく空高くまで立ち昇る炎だった。

「これは……」

 スタンはあまりの熱さに顔を歪めた。さきほど唱えた詞の力でなんとか持ちこたえているものの、徐々にその効力も薄れてきている。

(スイ)

 新たに唱えた詞によって空から水が降り注ぐ。しかし、わずかな水は炎の勢いを多少抑えることしかできない。

「熱っ!」

 ついに炎はバリアを通り抜け、スタンの腕を焼いた。この勢いでは(ショウ)の詞も効きそうにない。スタンは何か策はないかと一瞬のうちに考えを巡らす。

 この炎も詞で発生させている以上、時間が経てば効力がなくなり消えるのだろう。ならば、それまで持ちこたえればいい。スタンは熱さと火傷の痛みに耐えながら、意識を集中させた。

(シュ)(キョウ)(リョウ)

 スタンの周りにもう一層の膜が現れ、その中に冷たい空気が充満していく。

「――これで、いつまでもつかな」

 スタンは焼かれた腕を押さえ、表情を歪めながら炎が静まるのを待った。しばらくすると、炎はようやく勢いを失い始めた。

(スイ)(ショウ)

 その隙を見逃さず、スタンは素早く詞を唱える。炎は一気にかき消えた。

「おや、意外としぶといですねえ」

 男は逃げもせず、遺跡の上からスタンの様子を観察していたようだ。

「ふむ。どうやらあなたはなかなかの使い手のようだ」

 頷きながら、男はスタンの前へ飛び降りた。

「でも、さすがに無傷じゃないようですね」

 男の言葉にスタンは火傷を負った左腕を押さえた。身体は服が所々焼けてしまい、肌が赤く腫れあがっている。

「ま、そろそろ最後にしましょうか。あなたほどの使い手を殺すのは惜しいんですが、我々の仲間にならないのなら邪魔なだけですからね」

 そう言って男はスタンに右手を向ける。

「その詞の効力もそろそろ切れてきたようですし」

 男の言うとおり、スタンを覆っていた膜の一層は消え、もう一層も薄くなってきている。

「ぼくがもう一度唱えれば同じことです」

 スタンは痛みに耐え、肩で息をしながら言った。

「ま、そうですけど。しかし、そんな状態でまともに詞は使えないと思いますがね」

 確かに詞は集中力と精神力が威力を左右する。今の状態では痛みのせいで気が散り、いつもの威力は出せないだろう。

「では、そろそろ……っ!」

 突然、男は表情を歪めて膝をついた。彼の後ろで大きく拳を振り切った影が見えた。

「ヨー、アニキ。大丈夫か?」

 現れたのは片手にしっかりと本を持ったニックだった。あとから追いついてきたエリックがスタンのそばへ走り寄る。

「――まったく、参りましたねえ。あの連中はしくじったんですか」

 男は言いながら起き上がった。忌々しげにニックを睨みつけている。

「あいつらなら俺が殴る前に死んじまったぜ。二人とも勝手に爆発したり燃えたり、わけわかんねえ」

「そうですか。やはり、奴らも失敗か。残念です」

 男は冷たい笑みを浮かべながら肩を竦める。

「一体、あの二人に何をしたんです」

「んー、実験ですよ。僕の個人的な、ね」

スタンの顔を見て男は静かに笑った。

「詞使いが持つ特殊細胞を、普通の人間に与えるとどうなるのかっていうね。まあ、面白半分のかわいい実験です。被験者は詞を一時的に使えるようになるんですが、結局みんな死んじゃうんですよ」

「……詞が自分に返ってくる」

 スタンの言葉に、男はゆっくり頷く。

「みたいですね。しかし、どうも普通の人間は詞使いに憧れを抱いているようです。みんな喜んで実験台になってくれる。おまけに本集めも手伝ってくれるんで助かってますよ」

「よく言いますよ。本を持ってくることを条件に他の詞を教えてやるとでも言ったんでしょう。詞を使い続けると死ぬ可能性があるということは伝えずに」

「当然です。私たちには本が必要ですからね。効率よく収集するために、馬鹿な人間を利用しているだけ。それの何が悪いんですか?」

「……最低ですね」

 スタンは嫌悪感に表情を歪めると、刀を構えて地面を蹴った。

「光栄ですよ」

 ニヤっと笑いながら男は懐から銃を取り出した。そして、そのままスタンに向けて引き金を弾く。スタンはその弾丸を鞘で弾いた。

「なっ……!」

 一瞬動揺した男の隙をついてニックが回し蹴りを入れる。それを男が腕で防いだところにスタンが勢いよく飛び込び、刀を振る。男は横に跳んで避けようとしたが、刀の先が彼のわき腹に食い込んだ。破れたスーツに血が染みていく。

「くっ……」

 男は顔を歪めながら傷口を押さえた。

「参りましたね。私、あまり戦いは得意じゃないんですよ。しかもこの状況はどう考えても不利。ここらへんで退散させてもらいましょう」

 言いながら後ろへ下がっていく男にニックは猛然と向かって行った。

「ヨー、そう簡単に逃がすかっての!」

「待ってください! ニック!」

 スタンが叫ぶが、ニックは止まろうとしない。彼は男の顔に向けて拳を勢いよく突き出した。しかし、男はフッと鼻で笑ったかと思うとニックの目の前から突然消え失せた。

「え、あれ?」

 目標を見失った拳は空を切り、ニックは体勢を崩す。

「油断大敵、ですよ」

 声がしたかと思うと、男は後ろからニックが左手に持っている本を奪い取ってそのまま遺跡の屋根へ跳んだ。

「あ!」

 ニックは奪われた本と自分の左手を交互に見ている。男は奪った本を軽く掲げて笑みを浮かべる。

「これは、ありがたくいただきますね」

「この!」

 スタンは男を睨みつけ、刀を持ったまま右手を突き出した。

(メチ)

 しかし、何も起こる気配はない。

(メチ)

 もう一度唱えてみるが、やはり何も起こらない。

「おや、あなたは随分恐ろしい詞を知ってるんですね。……残念ながら、使えないようですが」

 男は眼鏡をズリ上げながら、ゆっくりスタンに向かって両手を伸ばす。

(メチ)

 男の静かな声が辺りに響く。その瞬間、周りから星や月の明かりが消えた。風すら感じなくなり、まるでその空間だけ切り取られたようだ。

「ア、アニキ!」

 ニックが慌ててスタンの元へ駆け戻ってきた。エリックは唸りながら広がる闇を警戒している。

「それでは、お気をつけて」

 にこやかに言って男は消えるように姿を消した。

「ヨーッ! ちょっと待て!」

 怒鳴りながら追おうとするニックをスタンが止めた。

「ニック。なんだかまずい感じです。死にたくなければ、ぼくから離れないでください」

 今までにないほど真剣なスタンの表情にニックは深く頷く。

「でも、なんだよこれ。スタン、どうすんだ」

 エリックの声にスタンは苦い顔で唸った。

「どうもかなり危険な詞みたいだ。全力で防御しないと死ぬかもしれない」

「全力でって――」

 エリックの声は広がる闇に吸い込まれたかのように聞こえなくなった。彼の口は動いているのだが声だけ聞こえない。状況は理解できないが、一刻を争う状況であることは明らかだ。スタンは目を閉じ、一度大きく深呼吸をする。そして意識を集中して口を開いた。

(シュ)(ナイ)(ジュン)(キョウ)(コウ)(エン)

 スタンの詞は周りに今までとは違う分厚い膜を張り巡らせていく。その中でスタンたちは一歩も動かず、息をすることすら忘れて立ち尽くしていた。

 どのくらい時間が経ったのか、スタンは光を感じていつの間にか閉じていた瞼を開けた。そして絶句する。スタンたちの立っている周りには何もなかったのだ。ついさきほどまであったはずの遺跡群どころか、小石一つさえ落ちていない。広がるのはひび割れた、草一本生えていない枯れた大地だけ。

「ヨー、なんなんだよ一体……」

 茫然としたままニックが呟く。

「なんにもないな」

 エリックも同じように茫然としている。

「……あの詞。あれが――」

 スタンは朦朧とする意識の中、あの男の意味ありげな笑みを思い出した。あの男は何者なのか。なぜスタンにあの詞を使えなかったのか。なぜスタンが使えなかった詞をあの男は使えたのか。

 疑問が一気に頭の中を巡り、そして意識は遠のいていていった。遠くの方でスタンの名を呼ぶニックとエリックの声が聞こえた。


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