六章
バギーカーは順調に走り続けていた。そして日の暮れかかった夕方、本の存在が確認された遺跡地帯へ何事もなくたどり着くことができた。
「ヨー、ほんとにここに本があるのか?」
ニックは車から降りながら遺跡地帯を見回している。スタンも車を降りて周りを見渡した。比較的大きな遺跡地帯。ここから一冊の本を見つけるとなると、今日中に終わりそうにない。
「間違いなくあるはずです。でも、思ったより広いな」
スタンは少し唸ると、ポーチから手の平サイズの方位磁石を取り出した。
「ヨー。なにするんだ?」
「見てればわかるさ」
エリックは大きく前後に背伸びをしながら言った。
「探」
すると方位磁石の針は片方の先を青く光らせながら回転を始めた。珍しそうにニックが磁石を覗き込むと、針の光はある方向を指して止まった。
「あっちか」
スタンは針の向いた方へ迷いなく歩き始める。
「それでわかるのか? 本のある場所が」
「まあ、だいたいの場所ですけど。この詞は地図に使うのが一般的ですが、これはぼくのオリジナルな使い方です」
「……オリジナルって。最初に唱えた時、たまたま近くに地図じゃなく磁石があったってだけだろ」
横から口を挟むエリックを無視して、スタンは針の指す方へ進んでいく。
「この辺りみたいだ」
ある地点まで来ると針はグルグルと止まることなく回転し始めた。スタンは磁石を収めると、周辺を確認する。
「……さて、どこから見ようかな」
その時、エリックの耳がピクッと動いた。彼は鼻をクンクン鳴らしながら牙を剥いた。
「スタン。どうやら探す手間が省けたみたいだぜ」
そう言って「こっちだ」と勢いよく走り出す。その後についていった場所は崩れかけた大きなビルの遺跡。そこから二人組の男が出てきたところだった。そのうち一人の手には本が一冊抱えられている。
「エリック。よくやったね」
スタンはエリックの頭を撫でてやると、二人組の前へ堂々と歩いて行った。
「すみません」
スタンが声をかける。すると彼らは驚いた表情で振り向いた。二人ともまだ若い。二十代ぐらいだろうか。本を手にしている方は金髪、もう一人は黒髪でそれぞれ腰に剣をぶら下げていた。
「なんだ? 子供がなんでこんなとこにいる」
金髪の男が疑わしそうな目でスタンを見た。その視線に答えるようにスタンはにっこりと作り笑いを浮かべる。
「その手に持っている本を譲ってもらえませんか?」
「はあ? 何ふざけたこと言ってんだ。子供はとっとと帰って寝ろ」
黒髪の男が片手をシッシッと振る。
「そうですか。では、力ずくでいただきます」
スタンが言うと、男たちは顔を見合わせて笑い声をあげた。
「おい、聞いたかよ。力ずくだってよ」
「できるもんならやってみろってんだ。なあ?」
バカにした口調で笑う二人にスタンは笑顔のまま「では、お言葉に甘えて」と首の鎖から刀を外そうと手をかけた。しかし、そのスタンを庇うかのようにニックが後ろからバッと片手を広げて出てきた。
「アニキ。ここは俺に任せろ」
そう言うと彼はポケットに手を突っ込み、ヨタヨタと二人の方へ歩いて行く。
「へえ。なんだ、てめえが相手してくれるのか?」
金髪の男が面白そうにニックに目をやる。
「ヨー、お前ら。怪我しねえうちにとっととその本、置いていけ」
「ああ? ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。これは俺たちが見つけたんだ。普通に考えて、俺たちのもんだろうが」
「アニキがよこせって言ってんだから、よこせ」
ニックは鋭く二人を睨みながら彼らに近づいていく。彼らは無言でそれぞれ右手を伸ばした。
「はあ? なにそれ」
「炸」
「んなっ!」
ニックは横へ大きく飛びのいて横に転がった。その直後、彼がいた場所で小さな爆発が起きた。
「よく逃げられたな」
舌打ちをする金髪の男にスタンも「本当に」と頷く。それに気づいていないのか、ニックは立ち上がって二人を睨みつけた。
「ヨー。詞使いだからって、俺がビビるとでも思ってんのか? ああ?」
そう言いながら彼はヨタヨタとスタンの近くまで戻ってくる。
「いいか。今から、てめえら泣いて後悔することになるからな」
「へえ、おもしれえ。やってみろよ」
黒髪の男が再び詞を唱えようと右手を伸ばした。
「おお、やってやるよ! 見てろよ。――アニキ、よろしくッス」
ピョコンと頭を下げてニックはスタンの後ろへ引っ込んだ。呆気にとられた様子で二人の男が沈黙する。
「……さっき、任せろって言いませんでした?」
スタンは静かに尋ねた。
「俺は普通の人間相手なら負けねえけど、詞使いが相手なら話は別。負けるケンカはしない主義だ」
「根性なし」
エリックはわざとニックに聞こえるように言って笑った。
「ま、なんでもいいですけど」
スタンは呆れ気味にそう言うと、右手を二人に向かって突き出した。
「爆」
「なに!」
驚く二人のすぐそばで大爆発が起きた。
「おお、スタン。いつの間にこんな詞を?」
エリックが尻尾を上げて感嘆の声をあげた。
「あの図書館で手に入れた詞なんだけど」
「こりゃ、当たりだったな。町で試さなくて正解だ」
「だね」
のんびりスタンとエリックが会話をしているうちに、火と黒煙の中から男たちが咳き込みながら出てきた。
「これは驚いた。こんなガキが詞使いだったとは」
「ああ、油断していたな。危ねえ」
「……ヨー。あの二人、ひょっとして無傷じゃん?」
ニックの言葉通り、二人は傷一つ負っていないようだった。
「へえ。ちょっとは防御も使えるんだ」
スタンは感心したように二人に目をやる。
「今度はこっちの番だ」
そう言って、黒髪の男は走り出した。
「炸」
「守」
スタンの周りに透明な膜が張られていく。その膜に阻まれて、小さな爆発はスタンまで届かない。しかし、黒髪の男は怯まずそのままスタンに向かって走ってきた。その手には剣が握られている。スタンは素早く首から刀を外して大きさを変えると、鞘で男の剣を弾いた。
「一体、どこに刀なんて持ってやがった」
黒髪の男は言いながらスタンから離れた。
「詞と剣術ですか。悪くないですね。ま、ぼくには効きませんけど」
「黙れ!」
今度は金髪の男が剣を抜き、スタンに向かってきた。
「炎」
「消」
スタンも走り出しながら詞を唱えた。相手が放った火はスタンへ届く前にかき消える。スタンは金髪の男の剣を左手に持った鞘で受け流しながら、右手で構えた刀で男の腹部へ切りつけていく。しかし男は刀が届く寸前に、後ろへ飛びのいた。
「なるほど。あのチンピラたちとは少し違うようですが……」
スタンは刀を構え直すと二人を見据えた。
「あなたたち、元々は詞使いではないですね」
「え? そうなの?」
背後からニックが緊張感のない声をあげる。
「なぜ、そう思う?」
黒髪の男は油断なくスタンを睨んでいる。
「お二人の戦い方に詞の種類があっていない。ただ単に、レパートリーが少ないのかもと思いましたが、どうも詞を使い慣れていないような感じがします。唱えてから発動までの僅かな時間の差を捉えきれていない。だから、詞と剣の連携も微妙にずれて両方防がれちゃうんですよ」
「ふん。確かに、俺たちはまだ詞を使い始めて間もない。使える詞もまだ少ないが、あの男は約束してくれた。本を集めるのを手伝えば、もっとすごい詞を使えるようにしてくれるってな」
金髪の男が本をポンポンと叩きながら口角を上げた。
「へえ。あの男ってどんな男です?」
「答える必要はないね」
そう言って二人は同時に右手をスタンに向けた。
「炸」
「炎」
詞の力がスタンに襲い掛かる。
「守・壁」
スタンの周りを囲んだバリアが爆発を弾き、さらに地面から盛り上がった土の壁で火をやり過ごす。
「はあ、本がなければ思う存分やれるのに……。めんどくさいなぁ」
スタンはぼやきながら姿勢を低くして二人の方へと走り出した。その様子を離れた場所から見守っていたエリックは、ふと視線を泳がせた。向こうの遺跡。その屋根にユラリと揺れる人影がある。
「スタン!」
突然エリックに呼ばれ、スタンは視線だけをそちらに向ける。
「あっちに人がいる」
言ってエリックは前足を精一杯伸ばして人影の方を指した。黒髪の攻撃をかわしながらスタンは指された方に目を向けた。
「ニック!」
「へ?」
「ここは任せました」
スタンは大きく跳んで、二人から離れた。
「任せるって、でもこいつら詞を――」
「あの二人が使える攻撃の詞は多分、さっきの二つだけです。あなたなら避けられます。それと本だけは絶対傷つけないでくださいね。もし傷つけたら借金倍増です」
そう言い残し、スタンは人影が見える方へ走り出した。
「逃がすか!」
黒髪の男がスタンの背中に切りかかる。
「煙」
振り向き様にスタンは唱えた。その手の先から勢いよく白い煙が発生し、辺りを包み込んでいく。
「なんだ! くそ、見えねえ」
その隙にスタンはその場から走り去った。
「さ、がんばれ。借金のために」
エリックはそう言うと、頭でニックの尻を押してやった。
「しょうがねえ。アニキの言いつけだからやってやるよ」
ニックは軽くジャンプしてステップを踏むと、その勢いで地面を蹴った。
「炎」
金髪の男が唱えた詞に反応し、ニックは力一杯横へ跳ぶ。火はニックの横を過ぎ去っていった。
「ヨーヨー。俺にそんなの通じないぜ」
勢いを保ったままニックは金髪の男の足元へ瞬時に屈み、足払いをかけようとする。しかし、横から黒髪の男が気合いと共に剣を振り下ろしてきた。ニックは姿勢を低くしたまま後ろへ跳んで、その攻撃をかわす。
「チャーンス」
剣を振り下ろした状態で、背中ががら空きになった黒髪に向かってニックはニヤリと笑うと跳び蹴りを食らわせた。
「がはっ!」
黒髪の男は前方に体勢を崩しながらもなんとか踏み止まり、振り向き様に剣をニックへ突き出す。
「あたるかよ!」
ニックは素早くその場から離れ、トントンとその場で小さくジャンプした。
「ヨー、あんたらタフだな。アニキも手加減の具合が難しかったろうに。アニキの武器って刀だしな。いやー、刃物は危ねえよ」
ニックはそう言いながら、おもむろにズボンのポケットから手の指だけを覆う変わった形のグローブを取り出した。
「ま、俺の場合、武器はこの拳だから間違っても本を切る、なんてことないし。あんまり長引くと面倒だし。つーことで、こっからは本気でいくぜ」
グローブを両手にはめて拳を合わせる。ガキンと硬そうな音がその場に響いた。
「なんだよそれ。なに入ってるんだ?」
珍しそうに聞くエリックに、ニックはニヤっと笑って「鋼鉄。俺のお手製」と答えた。
「いくぜ」
ニックが二人に向かって走る。すると彼らは同時に手を突き出して詞を唱えた。
「炸」
「炎」
ニックはタイミングよく側転して詞を避けようとした。しかし、詞の力はニックへ向かってくることはなかった。
「あれ?」
ニックは不思議に思いながら二人を振り返る。彼らはどちらも腕を伸ばしたまま、微動だにしない。ただ、その表情だけは苦痛に歪んでいるようだった。
「ヨー、どうしたんだ?」
「……なんか、様子が変だな」
エリックがニックの近くに移動してきた。
「――ぐっ」
黒髪の男が苦しそうに喉を押さえたかと思うと、突然その体からいくつもの爆発が起こった。悲鳴をあげながら膝をつき、黒髪の男はその場に崩れるように倒れていく。
ニックとエリックはただ茫然とその様子を見ているしかない。気づくと、金髪の男も苦しそうに顔を歪めながら体中を掻きむしっていた。
「――っは! ぐあ!」
金髪の男は短く喘ぐと、ボッと鈍い音を立てて全身が火に包まれた。
「ヨー。なんだよ、どうなってんだ?」
突然の状況にニックは戸惑いながら二人を見つめる。
「あ、おい! やばいぞ。本が!」
エリックに言われ、ニックはハッと金髪の男に視線を向けた。金髪の男の左手は本を握り締めたままだ。火は徐々にその左手も飲み込んでいく。
「ちょ、ちょっと待てい!」
ニックは一人そう叫ぶと、勢いよく走り出した。
「俺の! 借金! これ以上増やしてたまるかぁ!」
全力疾走でニックは金髪の男から本をもぎ取る。その直後、男は完全に火に包まれ、声もなくその場に崩れ落ちた。焦げ臭い嫌なにおいが辺りを包む。
「なんなんだよ。何がどうなってんだ……」
本を大事に抱えながらニックは倒れた男たちの残骸を見つめて呟いた。




