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詞を継ぐ者  作者: 城門
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五章

 バギーカーは軽快なエンジン音を響かせながら南へと走る。車内は静かな空気に包まれていた。

 スタンは説明書を読みながら新しくつけられたエアコンのスイッチを入れてみた。程よく冷たい空気が車内を包む。

「へえ。すごいよ、エリック。このエアコンは車内に入り込んだ有害物質を自動的に感知して消毒してくれるらしい。簡易消毒装置ってとこだね」

 しきりに感心しながら、スタンはエリックに説明書を見せた。エリックもそれを覗き込み、尻尾を振りながら熱心に読んでいる。その様子を横目で見ながら、ニックは小さくため息を吐きながら考えていた。

 確かに、スタンについていくと決めたのは自分だ。スタンの強さ、詞を使えるということに感動し、アニキと慕った。まさか女だったとは思いもしなかったが、いまさらそれはどうでもいいことだ。男でも女でも、スタンの強さは本物なのだから。しかし……。

 ニックはもう一度ため息をついた。

 まさか、こんな目に遭おうとは思いもしなかった。前文明の音楽データを集めるという目的のため、わざわざ猛勉強して歴史家の資格まで取った。旅に必要だろうと廃品置場から部品をかき集め、苦労して作り上げた自慢のバギーカー。それをいともあっさり改造され、しかも新車同然の値段をふっかけられ、なぜかその値段の三倍の借金を背負ってしまった。確かに、多少見栄えもよくなり、機能が充実したのは事実であるし、ちょっとだけ感動したりもした。しかし、これはいくらなんでもあんまりではないか。まだ十八歳という若さで借金地獄……。いや、ちょっと待て。

 ニックは顔を上げて、横目で助手席を見る。そこには体を後ろに向け、エリックと説明書を読むスタンの姿がある。

 ひどく冷めた目や、冷たい態度、男のような言葉使いに惑わされていたが、整った顔立ちや色白な肌、パサついてはいるが細く、長い髪の毛。意外と美人だ。もしかすると、ずっと自分と一緒にいたくて、あんなとんでもない額の借金をわざと背負わせたのかもしれない。そうに違いない。彼女は、自分に惚れている。

 そんなとんでもない勘違いをしながら、ニヤっとニックは笑みを浮かべる。それに気づいたスタンとエリックは心底気持ち悪そうにニックを見ていた。

「なに考えてるか知りませんけど、やめてくれません? その顔、気持ち悪いです。ああ、それから代金三倍返しの件。ちゃんと毎月返済してもらいますから、そのつもりで稼いでくださいね」

「だってよ。かわいそうにな。スタンの取り立てはかなりしつこいぜ。覚悟しといた方がいい」

 しかし、ニックはそんな一人と一匹の言葉を完全に無視して「ヨー、アニキの気持ちはわかってる。心配するなよ」と今度はニヒルな笑いを浮かべた。

「はあ?」

 スタンは眉を寄せる。

「ヨー、俺も男だ。アニキの気持ちに気づいてしまった今、ちゃんとそれに応えるつもりだ」

「……すみません、さっぱり意味がわからないんですが」

「大丈夫。何も言うな。将来はちゃんとこの俺がアニキを嫁にもらってやるからよ」

 ニッと白い歯を見せてニックが笑う。その瞬間、スタンとエリックの表情が凍りついた。それから数秒が経過したころ、ようやく言葉を理解したのかエリックが口を開いた。

「……よ、よかったな、スタン。よくわからねえが、嫁の貰い手が見つかった」

 スタンはぎこちない動きでエリックを振り返った。その目は今までにないほど冷たい。

「い、いや、俺じゃねえ。こっちのバカだ」

 エリックが前足をニックに向ける。スタンはぎこちない動きのままニックの方に顔を向け、小さく呟いた。

(トウ)

 ニックの体がビキビキと音をたてて氷に包まれていく。

「うわっ。なんだよ! 冷てえし、痛え!」

 ニックがブレーキを力一杯踏んだため、バギーカーは甲高い音をたてながら急停車した。

「なにしてるんですか、危ないですね」

「ど、どっちが危ないんだよ。運転中に何すんだ! つうか、死ぬじゃねえか!」

 体のみを氷漬けにされたまま、ニックは叫ぶ。

「あなたがわけ分からないことを言うから、ぼくの今の気持ちを詞に込めて送っただけです。大丈夫。ちゃんと加減してますから死にはしません」

 悪びれる様子もなくスタンは言った。

「ヨーヨー、照れるなって。そうか、これも好きの裏返しってやつか」

 徐々に体温を奪われ、顔色が悪くなりながらもニックは頷き、一人納得している。

「この状況でまだ言うか」

 エリックは妙に感心したようにニックを見ている。

「何をどう解釈してそうなったのか知りませんが、これだけは言っておきます」

 スタンは凍えるような冷ややかな表情でニックを見た。

「ぼくがこの世で一番嫌いなものが三つあります」

「な、なんだよ」

 スタンの表情に恐怖を感じたのか、それともただ体温が限界まで下がっているせいなのか、ニックは手足を震わせ、青ざめた顔でスタンに聞く。

「貧乏、借金、そして、バカ」

 一本ずつ指を立てながらスタンが言った。

「つまり、三冠王のおまえは眼中にないどころか、一番嫌いな人種ってわけだな」

 エリックがまとめる。

「……ヨ、ヨー。よくわかっらから、この氷、ほうにかひへふれ」

 ついに舌も回らなくなったらしいニックは懇願する。

「わかってくれればいいんですよ。もう、妙なこと言い出さないでくださいね」

 冷やかな笑顔を浮かべながらスタンは言うと、端末を取り出した。

「ヨー、何しれんら?」

 不安そうなニックをチラリと見て、スタンは詞のデータを調べ始める。

「この氷を割ると、きっとあなたの体も砕けちゃいますから、氷だけを溶かす方法がなかったかなと」

 絶句するニック。それを見たエリックはニックに状況を説明してやるようにスタンに聞いた。

「つまり、勢いで氷漬けにしたはいいが、そのあとのことを考えていなかったと?」

「まあね」

「……おまえって、時々ものすごく残酷なことするよな」

 ニックはもはや何も言うことができないのか、表情を強ばらせたまま唇を震わせている。エリックは同情するように尻尾をゆらりと揺らした。

「あ、あった」

 数分後、ようやく詞を発見したスタンは実にゆっくりとした動作で右手をニックに向ける

(ユウ)

 するとニックの体を覆っていた氷がゆっくりと水に変化していった。運転席のシートが水を弾いている。防水使用のシートのようだ。

「この詞、見つけた時以来使ってなかったからすぐ思い出せなくて。まあ、大丈夫ですよね。あなたなら」

 さして心配もせずスタンは言って端末を片づけた。

「……いくら俺でもあと数分遅かったら死んでたぜ」

 体を震わせながらニックが恨めしげな視線をスタンに投げる。

「あなたがふざけたこと言わなければ、こんなことしませんよ。さ、早くバギーカー出してください。時間がもったいない」

 スタンの冷たい言葉にニックは不満を覚えた。しかし、これもまた愛情の裏返しなのかもしれないと懲りずに考え、ニヤっと笑みを浮かべてアクセルを踏み込む。

 その様子に気づいたエリックは思った。こいつはただのバカじゃない。スーパーポジティブバカだったんだ、と。


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