四章
次の日の朝、スタンが部屋を出るとドアの音を聞きつけたのかニックがタイミングよく部屋から出てきた。
「ヨ、ヨー」
彼はうつむいたまま片手を挙げる。
「その、あれだ。俺は一度言ったことは曲げない主義だからよ。だから、あんたが女だろうと関係ねえ。一緒について行くし、アニキはアニキだ。な? つーわけで、これからもよろしく、アニキ」
なぜか少しはにかみながら、ニックは親指をビッと立てる。スタンはそんな彼を迷惑そうに一瞥した。
「女とわかっても特に何も変わらなかったな。よかったな、スタン。年上の弟ができたぜ」
「バカな男は嫌いだ」
そう呟いてスタンは彼の横を早足で通り抜ける。残されたニックはスタンの言葉にひどく傷ついた様子で肩をガックリ落としていた。
「ほら、バカ。行くぞ」
「俺は、バカじゃねえ!」
ニックは怒りをエリックにぶつけながらスタンについてきた。
スタンたちはまず図書館へ向かうことにした。小さな町のわりに立派な外観の図書館だ。周りには警備隊員たちが多く見られる。何かイベントでもあるのだろうかと不思議に思いながら中へ入る。
「あの――」
スタンが受付で尋ねると、若い女が愛想よく対応してくれた。
「詞の本ですか。大変申し訳ないんですけど、この町にはないんですよ」
「え、一冊もですか?」
彼女は申し訳なさそうに理由を教えてくれた。
「実はつい先日、泥棒に入られて詞の本だけ盗まれちゃったんです」
「泥棒に? でも詞の本って普通、一番厳重に保管されてますよね」
スタンが聞くと、彼女は深く頷いた。
「そうです。うちの図書館でも保管室には特殊な鍵をいくつもかけてあったんです。そのドアを開けることができるのは館長だけだったんですけど……」
「ヨー、だったらなんで泥棒に入られたんだ?」
「それが……」
「それが?」
「――壁を壊されちゃいまして」
「え?」
「ドアは厳重に鍵をかけていたんですけど、壁は普通の壁だったわけで。外から、こう、派手にドカンと爆破されて――」
司書の言葉に沈黙が続く。
「……ま、まあ。それは仕方ないんじゃないっすか? まさか、壁を壊されるなんて思わないし」
沈黙を破ってニックがフォローを入れた。
「灯台下暗し、ですね」
スタンは呆れた口調で呟く。彼女は心底申し訳なさそうな表情でうつむいていている。それを慰めるようにエリックがカウンターに飛び乗ってクンクン鳴いた。
「で、何冊あったんですか?」
エリックの頭を撫でている女にスタンは聞いた。
「そうですね。二十冊ほどあったと思いますが」
「二十冊も?」
「……ヨー、それって多いのか?」
「多いですよ。普通、こういう小さな町の図書館には多くても十冊ほどしか保管されてないんです。あとは本部へ送るようになっているはず。なのに、なぜそんなに?」
「実はちゃんと本部へ送る予定だったんですが、ここ何週間も連盟の配達部が来なくて」
「配達部が……?」
普通、詞の本だけに限らず貴重な本や資料を運ぶ場合、一般の業者には頼まず、それぞれの連盟直属の配達部が定期的に回収していく。それが何週間も来ないというのは妙な話だ。
「本部に確認は?」
「それが、最近は磁気嵐がひどくて端末の通信が繋がらないんです。だから手紙を出したんですけど」
「手紙だとかなり時間がかかりますね。ここから本部のある町まではかなり遠いし」
女が頷く。スタンは顎に手をあてて考え込んだ。
「ヨー、別にいいじゃん。本が盗まれたって、使える奴はそんなにいないんだし。たいしたことじゃねえじゃん」
軽い調子で肩をすくめるニックに、女は立ち上がって人差し指を突きつけた。
「なに言ってるんですか。もしも盗んだのが、悪くて強い詞使いだった場合、とんでもないことになりますよ」
「例えば?」
「そうですね……。私が使ったわけじゃないので、よくわかりませんけど。とにかく館長が言うには、かなり危なそうなのがゴロゴロあったと」
「ヨー、なんだよ、それ」
ニックは呆れた表情を彼女に向ける。
「つまり、攻撃系の詞が多かったと?」
スタンの言葉に彼女は頷いた。
「まあ、とにかく盗まれてしまったのなら仕方ないですね。あとは警備隊に任せるしかないです」
スタンはそう言うと「それじゃあ」と軽く頭を下げ、図書館を後にした。
「ヨー、なんだよアニキ。『盗まれた本をぼくたちが奪い返してみせましょう』とか言わねえの?」
ニックがつまらなそうに言いながらスタンの後をついて歩く。
「言うわけねえじゃん、スタンが」
「なに言ってるんだい、エリック。もちろん取り返すよ」
当然とばかりに言うスタンをエリックは目を丸くして見上げた。
「マジで? 心当たりあんのか?」
「もちろんさ。そのためにも、南の遺跡に行かなくちゃ」
スタンの言葉に、少し考え込んでエリックは頷いた。
「そうか、確かに怪しいな」
「なんだよ。南の遺跡と今回の本泥棒と、どうつながってんだよ」
一人、よく状況を理解できていないニックは不満そうに口を尖らせている。
「あのチンピラたちが言ってたろ? 本を集めてる奴が南の遺跡にいるって」
エリックが小声のまま答える。ニックは唸りながら腕を組み、しばらくしてやっと思い出したのか「ああ」と声をあげた。
「あいつらか。そういや、そんなこと言ってたような。……なるほど、本を集めてる奴がこの町の本を盗んだと。ヨー、さすがアニキだな」
「きっと、その南の遺跡を根城にしている何者かが本を大量に集めて何かをしようとしてるんだろうね」
「何を?」
「さあ。そんなこと知りません。けど、ぼくがその集まった本を全部もらってしまえば、詞も増えるし、お金もガッポリ」
スタンはニヤッと不敵な笑みを浮かべた。その隣でエリックがウンウンと頷いている。そんなスタンとエリックをニックは微妙な表情で見つめている。
「さ、そうと決まれば早く遺跡へ向かわないと。改造屋へ行きますよ」
スタンはいつもより元気よく歩き出した。改造屋への道の途中、警備隊の駐在所の前を通ったとき、中から女性の泣き声が聞こえて一行は足を止めた。
「お願いします。娘を探してください。もう、三日も帰ってないんです」
そう言いながら、女は若い警備隊員の一人にすがりついている。
「わかりました。我々も今、必死に捜してる最中です。ご心配でしょうが、もうしばらくお待ちください」
対応する隊員を眺めていると、中から初老と中年の二人の隊員が出てきた。
「これで四人目か。何だってんだ一体」
初老の隊員がタバコに火をつけながら言った。
「聞いた話じゃ、ここの隣の町でも女の子三人行方不明らしいですよ」
「本当か。……一体、どこ行っちまったんだろうな」
二人の隊員はため息を吐くと、違う話題へと移っていった。
「女の子が行方不明だって」
エリックが言うと、スタンは「そういえば、前の町でも言ってたな。警備隊のリーダーが」と思い出すように視線を上に向けた。
「ヨー。なんかあの人、可哀相だな」
人目も気にせず泣き崩れる女をニックは見つめている。
「今、ぼくらにできることは何もないですよ。これは警備隊の仕事です」
「まあ、そうだけど……」
ニックは複雑な表情で頷きながら、先に歩き出したスタンの後を追った。
改造屋につくと、主人が待ってましたとばかりに出迎えてくれた。見ると、そこには青いボディの立派なバギーカーが一台置かれている。
「うお、すげえ。イケてんじゃん!」
ニックが思わず感嘆の声をあげた。
「これが?」
スタンが問うと、主人は満足そうに頷いた。
「ずいぶん早く仕上がったんですね。今日一日かかるって言ってたのに」
意外そうな表情のスタンに、主人はにこやかに答えた。
「いやな、分解するのに思ったほど時間がかからなかったんだ。あまりにも雑な作りだったからな。だから実際、部品をはめていくだけで済んだ」
「ヨー、これが俺のバギーカーかよ。やべえな。かなりキテるよ、これは」
「へえ。ボロには改造しやすいという長所があったんですね」
ニックの感動に水を差すようにスタンは呟いた。
「で、早速だが代金を払ってもらおうか」
主人は揉み手をしながら愛想笑いを浮かべている。その視線を受けてスタンはニックを振り返る。しかし、ニックはキョトンとした表情で「へ?」と間の抜けた返事をした。
「俺、今は金なんて持ってないぜ。いくらかかるとも聞いてねえし」
ニックは言って肩をすくめる。
「なにを言ってるんですか。ちゃんと見積書を――」
そこでふと思い出し、スタンはポケットから取り出したクシャクシャの見積書をニックに手渡した。
「――渡しましたよ」
「……えぇー。アニキ、そりゃないぜ」
そう言いながらもニックは見積書に視線を落とす。そして、大きくその目を見開いた。
「ヨー。これ、なんかの間違いじゃねえ? 見たことない桁の数字が書いてあるんだけど」
ニックは主人に近づき、見積書を手渡す。
「いや、間違いないさ。改造費、二百万ユードル」
主人の真面目な顔を見てニックはスタンを振り返る。スタンとエリックは揃って大きく頷いた。
「……え? ――えっ!」
汗を垂らしながらニックはもう一度見積書に視線を落とす。
「ヨ、ヨー、アニキ。これ、俺が払うの? つか、これじゃあ新車買うも同然なんじゃ――」
「ぼくに部品を選ばせたのはあなたですよ。ぼくの好きにしていいって言ったから、その通りにしたんですけど」
「い、いやいやいや、待ってくれよ。普通に考えてこんな値段、俺が払えるわけ――」
「払えないって言うんですかい?」
「い、いや。あの……アニキィ」
「全部、あなたのお金で払うって言いましたよね? それに今朝、あなた言ってましたよ。一度言ったことは曲げない主義だ、と」
助けを求めるニックに、スタンは冷たく言い放った。
「そ、そりゃ言ったけど……。よし、わかった。こうなったら白状しよう。自慢じゃねえが、俺の全財産は三万ちょっとだ。貯金もない!」
開き直ったのか、ニックは胸を張って言い切った。
「おいおい、お客さん。冗談もほどほどにしてくださいよ。金が払えないとなると、これも渡すわけにはいかねえな」
主人は今にも爆発しそうな表情でニックを睨んでいる。スタンは小さくため息を吐き「仕方ないですね」と店の出口へ向かった。
「アニキ?」
不安そうにその様子を見つめるニックに、スタンは言った。
「あれがないと困りますし。とりあえず、ここはぼくが払っておきます」
「ア、アニキ!」
一気に明るい表情になりながらニックは両手を合わせてスタンを拝む。
「ただし――」
スタンは立ち止まって振り返った。
「貸したお金は利子つけて三倍返しです。もちろん、それまでは分け前も何も一切無しです」
口元だけに笑みを浮かべながら、スタンは「お金を下ろしてきます」と店から出て行った。後に残されたニックは顔に笑顔を張りつかせたまま、嬉しいのか悲しいのか、目から涙を流していた。
「ま、気を落とすなよ。借金地獄でも、そのうち何かいいことあるさ」
金が入りそうだと分かると、主人は態度を一変させて気の毒そうにニックの肩をポンっと叩いた。その様子を見ながらエリックは思っていた。きっと最初からスタンはこうなることを予想していたんだ、と。エリックは心の底からニックに同情したのだった。
スタンが銀行からお金を引き出して戻ってみると、ニックは未だにさっきと同じ体勢で涙を流していた。そんなニックを無視して代金を支払い、スタンはバギーカーの鍵を受け取る。
「ほら、何してるんですか。行きますよ」
スタンはニックに鍵を放り投げると、後部座席を開けてエリックを乗せ、自分も助手席に乗り込んだ。
ニックはフラフラと力無い足取りで運転席へと歩いて行く。ドアを開けて乗り込もうとした時、後ろから主人の声が聞こえた。
「がんばれよ」
その声に小さく頷いて応えながら、ニックはドアをバタンと閉めた。
「へえ、中も思ったより広くなったね。エリック」
新しいシートの感触を確かめながらスタンが言う。エリックも珍しそうにいろんな場所を嗅ぎ回っている。
「説明書を助手席ドアの横のポケットに入れといたから、走りながら読むといい」
外からの主人の声にスタンは頷き、ニックは無言でバギーカーを発進させた。




