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詞を継ぐ者  作者: 城門
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二章

 次の日、日の出と共に起床したスタンとエリックは、食堂で軽く朝食を済ませてから図書館へと向かった。町はすでに活動を始めており、通りには人の姿が多い。図書館は朝市場の通りを抜けた先にあった。

「おはようございます。あの、この本を買い取ってもらいたいんですけど」

 図書館の中に入ると、正面のカウンターで暇そうに座っていた中年の女に本を二冊差し出した。

「あら、おはよう。早いわねえ。買取ね。少し待ってちょうだいね」

 彼女はにっこり微笑み、差し出された本を受け取ると詞を唱えた。

(カク)

 すると、二冊の本が一瞬青い光を放つ。

「おやおや、本物だねえ。しかも二冊。お嬢ちゃん、運がよかったんだねえ」

 女はニコニコしながら引き出しから買取専用の端末を取り出した。(カク)という詞を唱えると、その対象が詞の本かどうか判別できる効果をもつ。本物ならば青い光を放ち、偽物なら反応はない。図書館ではこの確認作業が必要不可欠なため、優先的に詞使いを雇用している。給料も他の職員に比べてかなり優遇されているらしい。

「この辺りの遺跡で詞の本が見つかるなんて、何年振りかねえ」

 彼女は嬉しそうにそう言うとスタンに必要事項を入力するようにと買取専用端末を手渡した。

「この図書館には何冊あるんですか?」

 スタンは名前と発掘屋の登録コード、発掘した遺跡のだいたいの場所を入力しながら聞いた。

「それが、一冊だけなのよ。もう何年も前に出たっきり。他にもありそうなもんだけど、誰かが持ち帰ってるのかね」

「へえ、研究熱心な詞使いが持ち帰ってるんですかね。あ、こっちのはもらい物なので、発掘場所がわからないんですけど」

「ああ、そうなの。その本を譲るなんてよっぽどなマヌケがいたもんだね」

「ええ、まったく」

 しれっと答えるスタンの足を、黙って座っているエリックの尻尾がバシバシと叩いた。

「研究熱心なのもいいけど、独り占めはして欲しくないわねえ。今までにも何冊も貴重な本がどこかの研究バカの詞使いにダメにされたって話だよ。まったく迷惑なことだよ」

 さっきまでニコニコしていたはずの女は一人で憤っている。どうやら感情の起伏が激しい人のようだ。

「これでいいですか?」

 スタンは入力した端末を返した。

「はいはい。ええと、スタン・R・ウィローさんね。あら、あなた、随分たくさんの本を持ってきてくれてるのねえ。感心だわ。しかも詞使いだなんて」

 端末を見ながら彼女は何度も頷いた。図書館連盟のデータと照らし合わせたのだろう。

今までスタンが見つけた本は全て図書館に売り払っている。お金が欲しかったからという理由もあるが、図書館に詞使いとして登録をしていると、納めた本の数によって他の人が納めた詞の本を閲覧することができるのだ。しかし、納められた本のほとんどは本部のある町へと送られてしまうため、なかなか詞集めは進まない。

「お待たせ。詞の本を二冊納品で、二十万ユードルね」

 女が金庫からお金を取り出して戻ってきた。

「それで、その貴重な一冊を見せてもらえますか?」

 スタンは代金の入った封筒を受け取りながら、にこやかに頼む。すると女は「ええ、大丈夫よ」と頷いた。

「そっちの奥の部屋で待っててちょうだい。すぐに持っていくから」

 そう言うと、彼女は受付の奥へと消えていった。スタンとエリックは言われた通り、部屋のソファに座って彼女が来るのを待つ。

「この辺りは遺跡が多い地帯だから期待してたのにな。一冊しかないなんて、ガッカリだよ」

「まだ見つかってないだけとかじゃねえの? あの遺跡だって発掘済みだったけど、本だけは残ってたし。昨日のチンピラ発掘屋だって、西の遺跡で見つけたって言ってたじゃん」

「いや。昨日エリックがシャワーを浴びてた時、(タン)を使ってみたんだけど、この周辺の地図に反応がなかったんだ」

 (タン)とは、本がどこにあるか分かる詞である。地図に向けてこの詞を唱えると、該当する地域に薄く色がつく。非常に大雑把な場所しかわからないが何も情報がないよりは見当がついていい。

「へえ。それじゃあ、さっきおばちゃんが言ってたみたいに誰かが盗り占めしていったか」

 エリックが軽い調子で言うと、スタンは真面目な顔で「それは許せないね。ぼくの貴重な資金源を」と拳を握った。

「そういう問題でもないと思うけど」

「はいはい。お待たせ」

 声と共に部屋のドアが開いた。女は右手に本を持ち、左手には二つのカップを乗せたトレイを器用に持って入ってくる。

「これがその本だよ」

 そう言って彼女はテーブルの上に本を置くと、スタンと自分の前にカップを置いた。紅茶のいい香りがする。

「いい香りですね。ありがとうございます」

「いいのよ。おばちゃんが飲みたかっただけだから。モーニングティーは一日の始まりに最適よ」

 彼女は笑顔でそう言うと紅茶をすすった。

「それじゃあ、拝見します」

 スタンも紅茶を一口すすってから本を手に取った。そして端末を取り出して、詞が書かれているページを開く。

「あらあら、変わった端末ね。前文明製をそのまま使ってるって感じだわ。でも古くさい感じはしないわね」

「ええ、ぼくが新米のとき発掘したものなんです。レトロな感じがいいかなと思って、そのままの形で使えるようにしたんですよ」

「そうなの」

 ニコニコと笑顔を浮かべながら彼女はスタンのすることを見守る。

「お嬢ちゃんはどうやって詞の意味を調べてるの? おばちゃんはこの通り、図書館勤めしてるから、ここの辞書で調べることにしてるけど」

「ぼくは翻訳データを端末に取り込んでいるのでそれを使って」

 スタンは端末から視線を逸らさず答える。

「へえ、辞書じゃなくて翻訳データを」

「ええ。前文明のデータをある遺跡で見つけたので、それを」

「そうかい。発掘屋ならでは、だねえ」

 妙に感心したように頷きながら、彼女は紅茶をすすった。

「この詞の効果は知ってますか?」

「それが知らないんだよ。おばちゃん、詞使いとはいっても本当に簡単な詞しか使えなくてねえ。才能ないんだね。一応その詞も調べてみたんだけど、結局使えなかったよ」

 彼女は豪快に笑って右手で空気を叩いた。

「そうですか。じゃ、使ってみてのお楽しみですね」

「いやいや、お嬢ちゃんも使えないかもしれないよ。今までにも使えない詞があっただろう?」

「いえ、今のところないですね」

 サラっと答えるスタンに、彼女は目を丸くして「そうなのかい」と大袈裟に驚いてみせた。

「お嬢ちゃんは才能があるんだねえ。いいねえ。ああ、だから発掘屋なんて危険な仕事もできるんだね」

 一人で納得して頷いている彼女を軽く受け流しながら、スタンは端末への入力を終えた。

「終わりました。どうもありがとうございました」

 端末をポーチに収めながらスタンは立ち上がる。

「いいんだよ。また暇だったらおいで」

 そう言って彼女はにこやかにスタンたちを見送った。


「よく喋るおばちゃんだったな」

 図書館を出ると、ポソっとエリックが言った。

「そうだね。でもいい人だ」

「まあな。俺には紅茶出してくれなかったけど」

「犬に紅茶は出さないだろ」

「まあな。で? これからどうすんだ」

「とりあえず、お金も入ったし、買い物だ」

スタンは貰ったばかりのお金の入った封筒をポンっと手の上で叩いた。

 町の商店街はすでに多くの買い物客で賑わっていた。昨日の夜は気づかなかったが、この町では前文明品の使用が多いようだ。街灯、店の建物、看板、自動販売機……。前文明品は高価なため、こんなに多く使用されているのは珍しい。しかし、その分エネルギーの消費量が多くなるのだろう。他の町に比べてソーラーパネルの設置が異常に多かった。

 スタンは干し肉などの携帯食料と水、そしてエリックがどうしても欲しいと吠えて訴えてきた犬用のクッキーを食料品店で買った。次にスタンとエリックが向かったのは前文明品の改良品を扱っている店の一つだ。

「へえ。結構いろいろあるな」

 店に入って周りを見渡したスタンは思わず呟いた。広くもなく狭くもない店にはズラリと品物が並んでいる。そのほとんどがスタンが見たことのない物ばかりだった。

「そうだろう?」

 スタンの声に反応し、店の奥から体格のいいスキンヘッドの主人が出てきた。

「ここら辺は多くの遺跡地帯に囲まれてるからな。発掘品も多い。それに研究者も多く住みついているから、他の町にない品物が安価でゴロゴロしてるのさ」

 自慢そうに腕を組んで主人が話す。

「だからこの町は他の町と違って前文明品の使用が多いんですね」

「そういうこった。お嬢ちゃんはこの町の者じゃないな。どっかの町から仕入れのお使いかい? えらいな」

 主人はスタンの頭をワシワシと撫でた。

「……いえ、ぼくは発掘屋です」

 主人の行動に、やや苛立ちを覚えながらスタンは言った。

「お嬢ちゃんが発掘屋? ……本当か?」

 疑わしそうにスタンの顔を覗き込む主人に、スタンは無言でポーチから一枚のカードを取り出した。

「ほう、発掘屋の登録証か」

 登録証の写真とスタンの顔を見比べながら主人は頷いた。

「いやいや、悪かったな。こんなかわいい発掘屋さんがいるとは思わなかった。発掘屋さんはこの町の発展の功労者だ。相手がプロなら俺もプロとして商売しなきゃな」

 主人は何度も頷きながら、真面目な顔でスタンを見た。

「で、何が欲しい? 前文明品でうちの店の右に出るものは、この町にはいねえぜ」

「そうですね……」

 言葉を切り、考える素振りを見せてスタンは答えた。

「砥石をください」

 主人は一瞬、目を点にする。

「……え? っと、悪い。よく聞こえなかったんだが」

 引きつった笑顔を浮かべながら主人が聞き返す。

「砥石です。この前、発掘中にうっかり落としてなくなっちゃったんです。瓦礫に混じって……。あれがないと不便なんですよ。ナイフの切れ味とかすぐ落ちてしまって。ありますか?」

 表情一つ変えずに言うスタンに、主人は引きつった表情のまま頷いた。

「よかった。じゃ、それください」

 スタンは三個セットになった砥石を購入した。

「あの、うちは前文明品を売ってる店なんだが……?」

「知ってますよ」

「これは、どっちかって言うと雑貨屋の商品だと思うんだが」

 言いにくそうな表情の主人に、スタンは平然と「でも置いてるじゃないですか」と答える。

「……まあ、な。これは近所の主婦の要望に応えて置いてあったんだが。そうだ! これなんかどうだ?」

 主人は期待した目でスタンを見た。出されたのは手の平サイズの四角い機械。その用途は不明。

「結構です」

 スパッと言い切るスタン。

「……じ、じゃあ、これは?」

「いりません」

 次々と差し出される商品に全く目もくれずスタンは砥石をリュックへ収めた。

「なあ。どんな使い方するのかとか、どういった効果があるのかとか、興味がわかないか?」

 主人が情けない顔でスタンに訴える。どうしても何か前文明品を買わせたいようだ。

「ぼくは砥石を買いに来ただけですから」

 スタンはそう言うと店から出た。店内からは消え入りそうな「ありがとうございました」という声が聞こえてきた。


「あとは、地図だね」

 スタンは歩きながらキョロキョロと店を探す。

「あ、あそこにありそうだぜ」

 横について歩いていたエリックが小声で言った。その方向には『本屋』というわかりやすい看板の店がある。

「お、お客さん。やめてくださいよ」

 店に入ったスタンたちの耳に届いたのは、気の弱そうな男の声だった。奥へ進んでみると、そこには四人組のガラの悪そうな男と若い男がいた。何やら言い争っているようだ。

「だから、昨日、俺らから盗んでいった本を返せって言ってんだよ」

 四人組の一人が言った。他の三人も精一杯、凄みを効かせて若い男を取り囲んでいる。

「ヨー。だから、知らねえって言ってんじゃん」

 若い男はめんどくさそうな口調で肩をすくめている。スタンはチラリとその男の恰好に目をやった。ダボッとした中途半端な丈のズボンにハイカットのスニーカー。そしてサイズでも間違えたのか、ひどく大きなTシャツの上に、やはり大きめな青色のパーカーを着ていた。少し釣り目がちな瞳に栗色の短い髪の毛。生意気そうな口元には笑みが浮かんでいる。

「ヨー。昨日みたいに俺に倒されたいわけ?」

 若い男はそう言うと、その場でステップを踏んでパンチする真似をした。その話し方を聞いたエリックは、フンフンと鼻を鳴らしながら尻尾でスタンの足を叩いた。しかしスタンはまるで気にせず、スタスタとカウンターへと歩き出す。

「すみません。この辺一帯の地図が欲しいんですが。できれば広範囲の」

 突然現れたスタンの姿に、その場の五人は動きを止めた。

「……あ、え、地図ですか?」

 店主は間の抜けた声で聞き返す。

「ええ。ありますか?」

「ああ、ええっと……」

 何か言いかけた主人を、四人組の男が遮った。

「おい。お前、この状況見て言ってんのか?」

 ドスを聞かせた声で男の一人が言う。

「なにか?」

 平然と返された男は言葉に詰まった。自分の迫力にスタンが怯えるとでも思っていたのだろう。それでも男は、思い切りスタンを睨みつけながら怒鳴った。

「こっちが今取り込み中なのは見てわかるだろうが! 地図を買いたきゃ、また後で出直してこい!」

「あなたたちが何を取り込み中なのかは知りませんが、明らかにこの店にとって営業妨害ですよね。邪魔なのはぼくではなくあなたたちの方ですよ。それに、こんな店の中で大声出さなくても聞こえてます。ぼくは若いですから耳も遠くないですし。あなたたちが何をしようと自由ですが、人の迷惑にならないところでやっていただけませんか? この店のご主人もそう思ってますよ」

 スタンの言葉に思わず頷くのは本屋の主人だ。男は思いがけない反撃にキョトンとした顔をしていたが、すぐに怒りの形相へと変わった。

「てめえ、なめてんのか!」

 スタンの胸倉をつかんで男は拳を振り上げる。その時、男の足にエリックが噛みついた。

「ぎゃあ! こ、このバカ犬は」

 男は噛まれた足を押さえながらエリックを睨んだ。

「あー、昨日の犬じゃん」

 のんきな声を出したのはあの若い男だ。

「ヨー。ひょっとして本を盗ったのって、この犬じゃねえの?」

 若い男が言うと、四人組は顔を見合わせた。

「……こうなったらどうでもいい。てめえも、ついでにこの犬とガキもやっちまえば問題ない」

 男の一人がそう言うと、不敵な笑みを浮かべて右手をスタンと若い男がいる方に突き出した。

「まさか……」

 スタンは呟きながら手を頭上に振り上げる。

(エン)

 男の詞とほぼ同時にスタンも詞を唱える。

(シュ)(ショウ)

 すると男の手から放たれた火がスタンの周りに現れた透明なバリアに弾かれ、同時に不思議な光に包まれて消えた。その場に「おお!」という驚きの声と「そんな!」という嘆きの声が響く。

「てめえ、詞使いか!」

 驚く男にスタンは冷たい視線を送った。

「おじさん。本屋で火の詞を使うなんて、一体どんな教育受けてるんですか。迷惑もはなはだしい」

「う、うるせえ」

 スタンの視線に若干うろたえながら男は怒鳴る。

「そうか。昨日、あの犬が現れたときに起こった爆発はおまえだな?」

「さあ? 知りませんけど」

「ああ、もうどっちでもいい。外出ろ! てめえもだ」

 仕方なくスタンとエリック、そして若い男は外へ出ることにした。店主はホッとした表情で、出ていく六人と一匹を見送っていた。

「ヨー、こいつが犯人なら俺は関係ないじゃん」

「うるせえ。俺たちを不意打ちで襲ってきたのはどこの誰だ?」

「俺だけど」

「じゃあ、関係ないわけないよな? 昨日の礼はきっちり返させてもらう」

 四人は一列に並ぶと、同じようにスタンたちに向かって手を突き出した。

(エン)

 四人が揃って詞を唱える。その手から放たれた火が二人と一匹を襲ってくる。

「ヨー、まじかよ」

 情けない声を出しながら、若い男はスタンの後ろへ隠れた。

(ヒャク)

 地面からスタンの背丈よりも少し高い土壁が勢いよく盛り上がり、火はその壁に当たって消え失せる。男たちは舌打ちをして、二人ずつに別れて新たな詞を唱えた。

(サイ)

(エン)

 二つの力が同時にスタンへと向かっていく。

(ケン)

 スタンが唱えると、土壁がその厚みを増した。そして男たちの詞はあっさりと壁に阻まれて消えてしまった。

「なんだよ! この詞は目標を砕くものじゃなかったのか」

 (サイ)の詞を唱えた男が憤慨した様子で怒鳴っている。

「あの、ここから動かないでもらえますか?」

 スタンが後ろにしゃがんで隠れている若い男に言うと、彼はスタンを見上げて素直に頷いた。それを確認して、スタンは首から鎖を外して刀を取り出す。

「ちょっと聞きますけど、あなたたちは生まれつきの詞使いですか?」

 ひょっこり壁から出たスタンはのんびりした口調で男たちに聞く。すると男のうちの一人が得意そうに笑みを浮かべた。

「いや、違う。俺たちはな、ある人から詞を使えるようにしてもらったのさ」

「へえ。ある人って?」

「それは、言うわけにはいかねえな」

 別の男がそう言うと、続けて詞を唱えてきた。

(エン)

 しかしスタンは(シュ)の詞でそれを防ぐ。

「なんだか芸がないですよね。ひょっとして二つしか詞が使えないんですか?」

「そ、そ、そんなはずあるわけないだろう! なあ」

「あ、ああ、も、も、もちろんだ……」

「図星みたいですね。そんなセコい詞じゃ、ぼくに効きませんよ」

 呆れたように首を振るスタンに男たちはさらに怒りを増したようだ。

「だったら、力ずくだ」

 四人は昨日と全く同じように各々武器を取り出した。その様子を見たスタンは、まず銃を構えている男に向けて詞を唱えた。

(サイ)

「あ、俺の銃が!」

 銃は男の握る握力でボロボロと崩れていった。次にスタンは後ろからナイフを振りかざして迫る男を横へ転がって避けると、鞘で思い切り腹を突いた。男は胃液を吐きながらうずくまる。

「この、ガキが!」

 剣を構えた男がスタンの頭へそれを振り下ろすが、スタンは鞘で受け流しながら男の足を刀で切りつける。男は足を押さえて転げ回りながら悲鳴をあげている。その少し離れた場所からは男がナイフを投げつけてくる。それを鞘で弾きながら詞を唱えた。

(サク)

 男の周りで小さな爆発が起き、男は驚いて呆気なく気を失った。

「さて、まだやりますか?」

 残った一人を冷たく睨みながらスタンは言った。

「あああぁぁ!」

 銃を失った男はやけくそ気味に懐からナイフを取り出して突っ込んでくる。それを軽くかわし、勢い余って転んだ男の首にスタンは刀を当てた。

「さっき言ってたある人のこと、教えてくれたら助けてあげてもいいですよ?」

 感情のこもらない口調でスタンが言うと、男は「わ、わかった。話すから、だから助けてくれ」と震える声で懇願した。スタンは刀を首から離す。

「で?」

「お、俺もよくは知らねえ。昨日、あのガキにやられた後、男に声をかけられたんだ。話を聞いたら、ある注射を打てば詞を使えるようになるって」

「注射を? それを打たれたんですか?」

「ああ。その力があれば強くなれるって言われてな。でも、条件があった」

「……ひょっとして、詞の本を持ってこいって?」

「そう、そうだ。よくよく話を聞いてみると、俺が発掘したあの本のことじゃねえか。でも、いつの間にか本はない。だから、あのガキが盗ったんだと思って」

「それでさっき本屋で言い争ってたんですね」

「でも本は見つからねえ。このままじゃ、俺たち殺されるかもしれない」

 男は大きな体を小さくして、震えながら言った。

「本を持ってこなければ殺すって言われたんですか?」

「殺すとは言われなかったが、消すって言われたんだ」

「消す……か。それで? どこに持っていく予定だったんですか」

 顎に手を当て、何かを考えながらスタンは聞いた。

「ここから、南に行ったところにある遺跡地帯だ」

「へえ。それで、そのある人は本をどうすると?」

「知らねえよ。でも、本を集めてるって言ってた」

「集めてる? ……それは面白そうだ」

 そうスタンが言った時、突然辺りに笛の音が鳴り響いた。振り返ると、いつの間にか集まっていた野次馬の隙間から紺色の制服を着た警備隊員が三人現れた。野次馬の誰かが呼んだのだろう。

「あ、おまわりさーん」

 スタンはわざと子供っぽい声を出しながら警備隊員に手を振った。

「これは何事だ?」

 隊員の一人がスタンの方へ駆けて来る。スタンはすでに戦意喪失している男四人を指差して言った。

「この四人がいきなりぼくに因縁をつけてきて」

「この、四人が?」

 隊員は怪我をして痛がる二人と気絶した一人、そしてなぜか青い顔をして座り込んでいる一人を眺めた。

「そうだぞ。俺たちは見てた。その四人がこの子を襲ったんだ」

「逆にあっという間にやられちまったがね」

 野次馬たちから声がとぶ。

「お嬢ちゃん、強いねえ」

 中にはそうスタンを褒める声も聞こえてくる。

「そうか。よし、こいつらを捕らえろ」

 隊員のリーダーらしき人がそう言うと他の二人が手錠を取り出し、男たちの手首にはめた。

「怪我は?」

 リーダーに言われ、スタンは首を横に振る。

「それはよかった。いや、最近この町も物騒になってね」

「物騒? こんな人たちが他にも現れたりしたんですか?」

「いや、そうじゃなくて。君くらいの年齢の女の子が行方不明になっていてね。この一週間で三人」

「三人も、ですか」

「ああ。誘拐なのか、失踪なのか、事件に巻き込まれたのかわからないんだが。とにかく、君も気をつけなさい」

 優しい笑顔を浮かべてリーダーは言う。スタンは頷きながら「そういえば……」と続けた。

「その人たち、昨日、西の遺跡を破壊したらしいですよ」

「なに? あの爆発はこいつらの仕業だったのか」

 リーダーは一変して厳しい表情で男たちを睨み、「連れていけ!」と号令をかけた。連れて行かれる男たちを眺めていると、スタンに脅されていた男がふいに振り返った。

「ま、待ってくれ。俺たちの本を盗ったのは、やっぱりあんたか?」

 スタンは口の端を上げて笑った。

「ぼくは人の物を盗ったりしませんよ。まあ、昨日は道端に落ちていた本を拾ったという、ラッキーな出来事はありましたけど」

 その答えに何も言葉が出てこない様子の彼は、そのまま隊員に連れていかれた。

「女の子が行方不明、か」

 スタンは少し考える仕種を見せたが、すぐに「ま、関係ないや」と歩き出した。

「ワン!」

 本屋の前まで戻ると、エリックが鎖をくわえて待っていた。

「ありがとう、エリック」

 スタンは鎖を受け取って刀を小さくして首にかける。

「ヨー、アニキ。ご苦労様っす」

 そう言いながら本屋の中から突然現れたのは、壁の向こうに置いてきたはずの若い男。そういえば、いつの間にか彼の姿は消えていた。スタンは彼の存在に気づかないふりで本屋へと入って行く。

「ヨーヨー、待ってくれよ」

「すみません。地図ください」

 しかし店主は困った顔でスタンと後ろにいる若い男を見比べている。

「地図ならもう買ったっすよ、アニキ」

 男はそう言って丸められた地図を手の上でポンポンと叩いた。

「……なんなんですか? あなた」

 スタンはうんざりした表情で振り返る。

「俺はニック。歴史家やってる十八歳。よろしく、アニキ」

 ニックと名乗る男はニヤッと笑うと握手を求めて右手を差し出してきた。

「あの地図以外にないですか?」

 ニックを無視してスタンは店主に聞く。すると、店主は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「いや、あれがうちで一番いい地図なんですよ」

「ヨーヨー、無視しないでよ。アニキ」

「他のも見せてもらえます?」

「あ、ああ。いいけど」

 店主はニックのことをチラチラ気にしながら何枚かの地図を取り出した。

「んー。なんか、範囲が狭いですね」

「でしょう? 彼が持ってる地図は広範囲で人気がありましてね。次の入荷は一週間後なんですけど」

「そうなんですか。……どうしようか、エリック」

 スタンは横に座っているエリックに視線を向けた。しかしエリックはニックのことが気になるらしく、尻尾をパタパタさせながら彼を見ている。

「ワン!」

「ヨー、アニキにこの地図あげるってば」

「だから、なんですか? その、アニキっていうのは」

 スタンは苛立ちを覚えながら振り返った。

「いやー、さっきのアニキの戦いっぷり、感動したっす。俺のことも助けてくれたし、詞まで使える。だから、俺はあんたのことをアニキと決めた」

「……何の理由にもなってないですよ。勝手に決められても迷惑です」

 まったくの無表情でスタンは言う。

「ヨー、いいじゃん。俺って役に立つぜ。ほら、地図だって先に用意したし、バギーカーも持ってる。見たところ、アニキは徒歩で移動してんだろ? それじゃあ、時間がかかってしょうがないじゃん。知ってる? さっきのおっさんが言ってた遺跡って、バギーカーで移動して二日だぜ。歩きだとかなりかかる。その間、町は一切ないから汚染された土地で野宿だぞ? うわー、体に悪そー」

「そうか、それは困ったな」

 スタンが考え込むと、ニックは嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「だろだろ? おまけに俺は歴史家、アニキは発掘屋。二人が組めば遺跡調査なんて軽いぜ」

「なんでぼくが発掘屋だと?」

「リサーチ済みさ。俺は情報収集が得意でね」

「……言っておきますけど、ぼくは発掘した物を山分けする気は一切ないですよ。ぼくが見つけた物は、ぼくの物」

「ヨー、もちろんいいぜ。ついでに俺が見つけた物もアニキの物でいい。ただ、ある物だけは俺に譲ってくれよ」

「嫌です」

 即答するスタンにニックは一瞬動きを止めたが、すぐに両手を合わせてスタンを拝んだ。

「ヨー、頼むよ。……よーし、わかった。じゃあ、金出すから俺に売ってくれ」

 しばらく考える素振りをして、スタンは頷いた。

「いいですよ。それが何かは知りませんが、ぼくの言い値で買い取ってくださいね」

 そう言いながらスタンは店を出た。その後をエリック、そしてニックがついてくる。

「やりぃ。ヨー、犬。おまえ、アニキのペットなんだろ? よろしく頼むぜ」

 ニックが機嫌よくエリックの頭を撫でると、エリックは頭を振ってそれを払いのけながら言った。

「ペットじゃねえし。エリックっつー名前があるし。お前よりも頭もいいし、顔もいい。馴れ馴れしくするなよ、ヨーヨー男」

「……え?」

 笑顔を顔に張りつかせたまま、ニックは凍りついた。

「ヨ、ヨーヨーヨーヨー」

「ヨーヨーうるさいですよ」

 スタンが顔をしかめながら振り返ると、ニックはぎこちなくエリックを指差した。

「ヨー、これ、喋ってるけど?」

「それが?」

「え、だって……犬じゃん?」

「犬ですよ」

「……え?」

 ニックはわけがわからずキョトンとした表情をしている。その様子をエリックは面白そうに見ながら笑っている。

「エリックは特異進化種ですから」

「特異進化種? お前が? へえ、話には聞いたことあったけど、見るのは初めてだ」

 まじまじとエリックを眺めるニック。そんなニックにエリックは大きく口を開けて軽く噛みついた。

「うわ!」

驚いて尻餅をついたニックを見て、さもおかしそうにエリックは笑う。

「エリック。からかうのはよくないよ。それにここは町の中だ。誰かに見られたらどうするんだい?」

「わかってるよ」

 エリックはそう言いながらも、ニヤッっと笑ってみせた。

「地図、ください」

 スタンが手を出すと、ニックは待ってましたとばかりに地図を差し出す。

「さて、ひとまずホテルに戻ろう」

「ウッス」

 元気のいいニックの返事にうんざりした様子でスタンは言った。

「あなたも来るんですか?」

「ヨー、当たり前じゃん。俺はこれからどこへ行くにもアニキについていく」

 もう何を言っても無駄だと判断したスタンは、ため息を大きく一つ吐いてホテルへと向かった。


「ヨー、それでいつ出発するんだ?」

 スタンの部屋ではニックが当然のようにイスの背に肘を乗せて座っている。その様子を面白くなさそうにエリックが見ていた。スタンは黙ってベッドの上に地図を広げている。

「へえ、たしかにいい地図だ。見てごらん、エリック。隣の町まで載ってる」

 呼ばれたエリックはベッドに飛び乗って地図を覗き込んだ。

「そうだな。でも、あのチンピラが言ってた南の遺跡は載ってないけど」

 地図は東西にわたって広範囲が描かれているが、北と南は先が白くなっていた。

「北は山があるから仕方ないにしても、南がこんなに載ってないのはきっと汚染レベルがひどいからじゃないかな」

「ヨー、さすがアニキ。その通りだよ」

 話を聞いていたニックがイスをガタガタ揺らしながら言った。

「この町から南に行けば行くほど、汚染レベルは高くなってるらしいぜ。まあ、もっと高価な地図にはちゃんと載ってるらしいんだけど。聞いた話じゃあ、南の遺跡はすげえ広いらしい。前文明の首都部だったって話だ」

「首都部?」

「そ。でも汚染レベル高いもんだから、ほとんど誰も発掘とかしてないらしい。そんな感じだから、前文明品とかまだまだガッポリ残ってるって話だぜ」

 得意げに話してみせるニックに、エリックは大きく舌打ちをした。

「誰もお前の話は聞いてないっての。なあ、スタン」

 スタンの顔を見上げたエリックはそのまま動きを止めた。

「へえ、前文明品がガッポリと。それを売ればお金もガッポリ。ついでに詞もガッポリ手に入るかも……」

 ブツブツと小さな声で呟くスタンの顔はまったくの無表情。なのに口だけ微妙に笑っているのがひどく不気味である。

「お、おい? スタン?」

 顔を引きつらせながらエリックが言う。スタンは突然バッと顔を上げると「あなたは意外と役に立ちそうですね」とニックに視線を向けた。

「ヨー、だから言ったろ? 俺のことパシリにしてくれて構わないからよ、アニキ」

 ニックはニヤッと笑って両手の親指と人差し指、中指を内側に向けて立て、妙なポーズをとってみせた。

「……ついてきてもいいですけど、ルールは守ってくださいよ」

「なんだよ? ルールって」

「まずは、何があっても自分の身は自分で守ってください。ぼくは大抵、自分のことしか守りません」

「ふーん。その犬っころは?」

「エリックも、だいたいは自分で何とかしてます」

 大きく頷くエリック。

「たまにスタンに殺されそうな時もある」

 ボソッと呟くその声を完全に無視してスタンは続ける。

「それから、何か稼げそうな情報があったら必ず知らせてください」

「オーケー。それなら任せとけ」

 ニックが頷く。

「そして、次のこれが一番大事なことです」

 スタンがひどく真剣な顔でニックを見つめる。ニックもつられて真剣な表情でゴクリと喉を鳴らした。

「遺跡で発掘した前文明品を売って得たお金ですが、さすがに全てぼくの物というのは気が引けます。あなたにも旅の資金が必要でしょう。そこで取り分をぼくが九割、あなたが一割とします。これ以上は渡せません」

「……え? 大事なことって、これっすか?」

 キョトンとした顔でニックは聞き返す。スタンは大きく、そして力強く頷いた。その様子を見ていたエリックはため息をついて言った。

「あのな、スタンはすばらしくケチなんだ。本当にキッチリ一割しかもらえないぜ? 前に一緒に発掘へ行った奴なんて一割も貰えてなかった。一割も貰えるなんて奇跡に近い」

 スタンはエリックの言うことを否定も肯定もせず、その後に続けた。

「ちなみに、さっき言っていたようにあなたが欲しがってる物をもし発掘しても、約束どおりぼくの言い値で買い取ってもらいます。それが嫌なら、ついて来るのは諦めて――」

 スタンの言葉をニックが遮った。

「ヨー、ヨー。一割も貰えるんなら超ラッキーだよ」

 ニックは嬉しそうに笑っている。今度キョトンとした顔をしたのは、スタンとエリックだ。

「いいのか? 一割で」

「ああ」

 エリックの問いにコクリと頷くニック。

「……じゃ、話がついたところで」

 スタンは相手が納得しているならばと深く聞くことはせず、地図に向き直った。

「どこかに本があるといいけど」

 そう言いながら、(タン)の詞を唱えた。すると隣町に程近い遺跡地帯が淡く光った。

「お、あった」

 エリックの耳がピンと動く。

「うん、あったね。まずはこの遺跡に行って本を手に入れよう。この距離だとバギーカーでどのくらいかかるんですか?」

 初めてスタンから質問されたニックはイスから立ち上がり、嬉しそうに近づいてきた。

「まっすぐ遺跡まで行くんなら、一日ってとこかな。でも、それだと着いたら夜だぜ?」

「遺跡地帯で野宿は避けたいですね。じゃあ、まずは隣町まで行きましょう。隣町へもだいたい一日ぐらいで着きますよね?」

「そうだけど。ヨー、南の遺跡に行くんじゃなかったのか?」

「あの四人組は本を持ってこいって言われたんですよ? だったら何も持たずに行くよりは、本を持って行った方がいいような気がしませんか? 相手が何者かわからないし」

「はあ、なるほど。まずは相手の言うとおりにして、相手の出方を見る、と。さすがアニキ」

 素直に納得して、ニックは「バギーカー、こっちにまわして来るっす」と部屋を出ようとした。それをスタンは呼び止めた。

「一応、言ったおきますけど。ぼくは男ではありません。それに明らかにあなたの方が年上だ。ぼくがアニキっていうのはおかしいですよ」

「女ぁ? アニキが?」

 ニックは顎に手を当ててスタンを頭の上から足の先までじっくり眺め、そして手を振りながら大声で笑った。

「ヨーヨー。冗談はよしてよ、アニキ。どっからどう見ても、立派に男じゃないっすか。あんなに強いし。年は、まあ、俺のが上かもしれないけど。関係ないっすよ。じゃ、すぐバギーカーまわしてきますんで」

 まだ笑いを残しながらニックは去って行った。廊下に響く笑い声が小さくなっていく。スタンはニックが出て行ったドアをしばらく見つめながら、エリックに尋ねた。

「ねえ、エリック。ぼくはどっからどう見ても女の子だよね」

「だから言っただろ? そんな恰好してるからだよ。ま、あいつはすげえ鈍感そうだから、例えスタンがその小さな胸を奴に見せたところで、女だと気づきそうにないけど」

 スタンは無言でエリックの頭を思いきり殴った。


 ニックがバギーカーに乗って戻ってきたのは、それからしばらく経ってからだった。

すでにチェックアウトを済ましてホテルの前でボーっと待っていた一人と一匹は、そのバギーカーを見た瞬間、表情を凍らせた。

「……なんですか、これは?」

 スタンが硬い表情で問う。ニックは運転席から出てきながら「何が?」と聞き返す。

「だから、これが何なのかって聞いてんだよ!」

 エリックも思わず人目を気にせず怒鳴ってしまっていた。それもそのはず、ニックが乗ってきたバギーカーは、車なのかどうなのかさえも怪しいものだったのだ。それはどうやら四人乗りらしく、屋根にはスペース一杯にソーラーパネルが取りつけてある。そこまでは一般的なバギーカーと変わりない。問題はそこからだった。

 まず大問題なのはその車体を覆っているものが何もないことだ。座席は剥き出しで、しかも使い古したソファを繋ぎ合わせた物に見える。もちろんドアもついておらず、かろうじて設置してある床は木製。

 フロントには一応ガラスが張ってあるが、何故か濁っており、さらにヒビが入っている。肝心のエンジンルームはさすがに木製ではないようだが、それでもバギーカー用の物ではなさそうだった。

 タイヤとハンドルなど運転に必要な部分は一見すると普通だが、はっきり言って、これで汚染大地を走るのは気が進まない。ましてや町中を走るなんて、スタンでなくとも嫌に違いない。

「ヨー、立派なバギーカーだろ?」

 ニックはスタンたちの反応に気づかないのか、自慢そうに腕を組んで胸をそらした。

「なんか、子供が作った工作のようですね」

 素直に感想を述べるスタンに、なぜかニックは大きく頷いた。

「ヨー、ヨー。さすがはアニキ、よくわかったな」

 意味がわからず、スタンは眉を寄せた。その隣でエリックも首を傾げている。

「これは俺が十三の時に作った手づくりバギーカーだ。世界に一つの完全オリジナル。多少、見た目が悪い感じだけど、ちゃんと走る。今まで故障も一切なし。俺って天才!」

「多少?」

「天才?」

 同時に声を上げるスタンとエリックに「だろ?」と嬉しそうにニックは頷いた。

「ぼくは歩いていきます」

「俺も」

スタンとエリックは荷物を背負うと歩き出す。それを慌ててニックが呼び止めた。

「ヨ、ヨーヨーヨーヨー。歩いていくって、隣町まで徒歩で、しかも汚染地帯を避けながら行くと四日以上はかかるぜ? そっから南の遺跡も行かなきゃいけないんだろ?」

 しかし、スタンは足を止めない。

「なんとかします」

「なんとかって。……ヨー、アニキ。今の世の中、無料でバギーカー貸してくれる奴なんていないと思うぜ? しかも汚染レベルの高い土地に行くなんて」

 確かに高価なバギーカーを高額な料金で貸し出す商売はあれど、無料で乗せてくれる人など、まずいない。

 スタンはしばらく考え、わざと大きくため息を吐いて不服そうな視線をニックに送る。

「それで、このバギーカーに汚染物質の対策はあるんですか? なんだか、吹きさらしみたいですが」

 南の遺跡で大儲けをするためだと自分を言い聞かせ、隣町へ着いたらニックの金でバギーカーを改造してやろうと心に固く誓いながらスタンは彼の元へ戻った。

「ヨー、もちろんあるぜ。今は通常モード。汚染地帯に入るときはこれを被せるのさ」

 そう言って、ニックは後ろの小さな荷台らしきスペースから大きな透明シートを取り出した。おそらくテントなどに使用される汚染物質防護シートだろう。しかし、なぜかそれは青色のスプレーで絵なのか言葉なのか、よくわからないペイントがされていた。

「……それは?」

 ほとんど諦めたようにスタンは問う。

「ヒップホップって感じだろ?」

「……そうですか。もう、とっとと行きましょう」

 ヒップホップとは何かという疑問も今のスタンにはどうでもいいことのようだ。すばやく自分の荷物を後ろの席に積み込み、助手席に乗り込んだ。エリックはまだ嫌そうな顔のまま佇んでいる。

「ヨー、犬っころも早く乗れよ。置いてっちまうぜ?」

 運転席に座りながらニックが言う。

「エリック。今は我慢だ。次の町で何とかするから」

 スタンの力ない言葉にエリックも大きくため息を吐いて、嫌そうに後ろの席に飛び乗った。一人と一匹のため息が、揃って吹きさらしの車内に落ちる。

「よっしゃ、行くぜぇ」

 一人ご機嫌なニックはエンジンを回してアクセルを踏み込んだ。そして、工作バギーカーは町を出発したのだった。


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