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詞を継ぐ者  作者: 城門
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一章

 前文明が滅びて百数十年。長い間争い続けていた数々の国家は姿を消した。残されたのは人工的に作られた大量の汚染物質とわずかな人間たち。人々は汚染された大地から逃れ、かろうじて残った自然の力を頼りに小さな町を各地につくった。そして前文明の発達した都市は人間が住むことのできない死の土地となり、遺跡と化していた。

 その前文明の遺跡が広がる静かな地帯。強い日差しを注ぐ太陽が青い空の真上で輝いている頃、派手な爆発音を響かせながら遺跡の一つが崩れ落ちた。それにつられるように周辺に建っていた遺跡が次々と崩れていく。

 真っ白な砂埃が辺り一面を覆う中、最初に崩れた遺跡から何かがのっそり現れた。現れたそれは、ガラガラと瓦礫を振り落としながらポツリと呟いた。

「……あー、びっくりした」

 そして手や頭についた埃を叩きながら、よっこらせと足を引き抜き、瓦礫の山から脱出する。

「おいおい、スタン。勘弁してくれよ。この俺の美しい毛並みが台無しだぜ。見ろよ」

そう言いながら、やはり瓦礫の中から現れたのは一匹の黒い犬。しかし、その見事なはずの漆黒の毛は埃のせいでうっすら灰色に染まっていた。

 スタンと呼ばれたのは、歳の頃十代中頃の若者。色白な肌に整った顔立ちをしており、冷めた目つきが印象的だ。少し大きめなズボンにTシャツ、その上には薄めのジャケットを羽織っている。腰には大きめなポーチが巻かれていた。

 赤茶けた、サラサラというよりはパサパサした細く長い髪の毛は後ろで一つに束ねられている。そして首には小さな刀のような形をした飾りが鎖に繋がれて揺れていた。

「ぼくが悪いわけじゃないよ、エリック。これは不可抗力だ」

「はあ? 何が不可抗力だよ。この状況、明らかにスタンのせいだろ。まったく、危うく死にかけたぜ」

 エリックと呼ばれた黒犬は大袈裟に首を左右に振り、その血のように赤い瞳から非難の視線をスタンに送った。

「ぼくはただ建て付けの悪い怪しいドアを開けただけさ。すると驚くことにこの遺跡が崩れて、ぼくたちが生き埋めになった。ね、不可抗力だろ」

 顔についた埃を袖で拭いながらスタンは歩き出した。その後ろを追いながらエリックは「『(カイ)』なんて使ったら普通は崩れるって想像つくと思うぞ」とポソっと呟いた。

「いや、あれくらいやらなきゃあのドアは開かなかったよ。でも、前もって『(シュ)』をかけていたから助かっただろ? 結果オーライさ。目的の物も手に入ったし」

 スタンは荷物を置いてあった場所まで戻ると腰を下ろし、ジャケットの中から一冊の古びた本を取り出した。

「へえ。よくあの状況で見つけたな」

 スタンの横に座ったエリックは本を覗き込む。

「まあね。それがプロの発掘屋ってもんさ。さて、今度はどんな(コトバ)かな」

 スタンは嬉しそうに本の表紙を開いた。

 一ページ目は白紙。スタンは気にした様子もなくパラパラとめくっていく。そしてページが本の真ん中辺りまできたとき、その手を止めた。開いたそこには一つの詞が大きく書かれている。

「なあなあ、何て読むんだ? これ」

 スタンは「えっと――」とポーチから小さな端末を取り出して翻訳機能を作動させた。

「……この形がこれだから、分類はこれで――」

 呟きながらスタンは端末を操作していく。

「で? で? どんな詞だ?」

(エン)、かな」

「エン? どんな効果があるんだよ」

「よし、試してみよう」

 スタンは立ち上がると、少し離れた場所へ移動した。エリックはその場に座って尻尾を振りながら様子を見ている。スタンは大きく息を吸いこみ、右手を前方へ突き出して目を閉じた。

(エン)

 凛とした声で唱えたスタンの右手の先から白い煙がモワモワと出現する。しばらくその様子を見守っていると、煙は立ちのぼり続けて辺りを白く覆い隠し、そして晴れていった。

「……で?」

 すっかり元通りに晴れ渡った空の下、エリックはスタンの近くまで移動してその顔を見上げている。スタンは右手を突き出した恰好のまま「……終わり?」と聞き返す。

「なんだよ、これ。死にかけて手に入れた詞がこれかよ。一体、何の役に立つってんだ」

 エリックが不満そうに言うと、スタンはようやく腕を下ろし「ま、こういうこともあるさ。時と場合によっては役に立ちそうな詞だ。……あまり、ぼく好みではないけどね」と肩を竦めた。そして端末のデータファイルに新しい詞の成り立ちと効果を打ちこんでいく。

「どのくらいになった?」

 エリックが端末を覗き込む。

「ん、まだまだだよ。先は長いね」

 入力しながらスタンは答えた。

 この世界には詞という力を使う者達がいる。しかしその人数はそう多くない。研究者によると、詞を使える者と使えない者の違いは生まれつき持っている、ある細胞の有無だという。その細胞は遺伝的に受け継ぐようなものではないらしく、親は詞を使えなくても子供は使えるという例がよくある。さらに、その特定の細胞を持っていても全員が使えるというわけではない。詞を使うには、その詞の正しい読み方や成り立ちを理解していなければならないからだ。そのために詞の翻訳データは必要不可欠であり、一般的には研究者が作成した辞書を使う。

 詞の効果はそれぞれで異なり、その威力も使用者によって異なる。威力の違いはセンスと相性の問題らしい。使用者と相性が悪ければ全く使えない詞もあるという。いまだに解明されていないのは、詞がなぜか一種類ずつ本に残されている謎である。詞が書かれている以外は全て真っ白な本。それが世界中に散らばり、この時代に詞を伝えている。いつ、誰が、何のために本を作ったのか。いつからこの詞という力が存在するのか。それはおそらく、決して解明できない謎なのだろうとスタンは思っている。

「よし、入力完了。じゃ、行こうか、エリック」

 端末を切ってポーチに収めると、スタンは地面に置いてあったリュックを背負って立ち上がった。

「早く町に行って風呂に入ろうぜ」

 エリックはブルブルと体を振る。辺りに埃が舞った。

「そうだね。この辺りは有害物質が多いみたいだから、早く落とした方がよさそうだ」

 遺跡の残骸を見ながらスタンが言うと、エリックは深々と頷いた。

「俺の鼻によると、ここの汚染レベルは四ってとこだな」

 鼻をヒクヒクさせながらそう言うと、エリックは得意そうに笑った。

「ま、防護服がいらないだけマシか。あれ、暑いから嫌いなんだよね」

 スタンはそう言いながら、陽が沈み始めた枯れた大地に広がる遺跡地帯を歩き出した。


「なあ、スタン。ここから一番近い町までどのくらいだ?」

 トコトコとスタンの横を歩きながらエリックが聞いた。

「そうだね、あと三時間ぐらいかな」

 周りは木々に囲まれた暗い森の中。遺跡に吹いていた乾いた風とは違う、湿った空気が気持ちいい。どんなに有害物質で汚染されていても自然の木々に囲まれた森の周辺だけは、汚染レベルも極端に低い。自然浄化能力が働いているからだという。しかし、昔の植物は有害物質を浄化する能力はなかった。それが時が経つにつれて植物たちが進化したのだと、どこかで聞いた。

 前文明崩壊後、生き残った人々がつくった町ではこうした自然の力を利用したエネルギー発電が行われてきた。その為の装置は発掘屋が掘り出した前文明時代の遺産を科学者たちが改良生産したものだ。今、スタンが手に持っているライトもそれである。エネルギー源は太陽光。ライトの頭には充電用の小型パネルが取り付けられている。昼間充電しておけば、最長八時間は使える優れ物だ。

「三時間……。なあ、さっき聞いた時もそう言ってた気がするんだけど」

「そうだっけ? まあ、あと何時間かしたら着くから我慢して歩こうよ」

 スタンは地面から飛び出している木の根に足をとられないよう、ライトを足元に向ける。その隣でエリックは大げさにため息をついた。

「毎度思うんだけどな。スタンってかなり大雑把っつうか、いい加減っつうか。もうちょっと、なんとかしたほうがいいぞ。そんなんじゃ、彼氏もできないぜ」

 首を振りながらエリックは言った。

「別にそんなの欲しいとも思わないけど?」

「だからスタンはまだまだお子様だってんだ。年頃の娘が、何が楽しくてそんな恰好して、有害汚染された地域で埃まみれになりながら発掘なんてしてんだろうね」

 まるで母親が小言でも言うような口ぶりのエリックを、スタンは横目で冷たく見やった。

「何が楽しくてって、お金が貯まるのが楽しくてに決まってるじゃないか。発掘屋は危険が大きい代わりに他の職業よりも稼げるんだから。それに」

 スタンは一度言葉を切り、冷ややかな笑みを浮かべる。

「ぼくが発掘屋じゃなかったら君は今どうなってたんだろうね。まだ言葉も話せず、目も見えない、ヨチヨチ歩きだった君を崩れかけた遺跡から助けて育ててあげたのは誰だったかな? ぼく、小言を言う犬って嫌いだなあ」

「……ご、ごめんなさい」

 スタンの視線に口元を引きつらせながらエリックはうつむいた。

「わかればいいんだよ、エリック。さて、じゃあちょっと急ごうか」

 スタンは笑みを浮かべたまま、歩くスピードを上げた。

「――まったく、スタンは冗談が通じないんだから。パートナーの俺にも容赦なく詞使ってくるからな。死んだらどうすんだ」

 小声でブツブツと文句を言っているエリックを無視してスタンは立ち止まった。

「ありゃ、いつの間にやら囲まれたな」

 そう言うエリックの口調はのんびりしている。

「エリックがブツブツ言ってるから」

 スタンは軽く肩をすくめた。そんな二人に向かって木の陰から何かが飛び出してきた。反射的に左右へ跳んで構えるスタンとエリック。飛び出してきたのは、三つの鋭い目を持つ五匹の熊だった。

「亜種熊か。……めんどくさいなあ」

 のんびりと言いながらスタンは首にぶら下げていた鎖を外す。

「がんばれ、スタン」

 声援を送るエリックは、少し離れた木の陰へと素早く避難している。それを見たスタンは深くため息をついた。

「まったく、いつもそれだ。たまにはエリックも手伝ってくれればいいのに」

 そう呟いたと同時に、目の前にいた一匹が咆哮をあげながら突進してきた。それを横へ跳んでかわしながら、スタンは手の中の鎖から先端の小さな刀を抜き取った。その間にも、また別の一匹が襲い来る。

「はっ!」

 気合いと共に小さな刀は実物大にその大きさを変えた。スタンは刀を右手に、その鞘を左手に構えると目の前まで迫っていた熊の腹を切り裂いた。さらに右から突進してくる一匹の鋭い爪を鞘で受け流しながら空いた胴を刀で切る。スタンは次々と単純に襲ってくる熊を鞘で払い、刀でさばいていった。

 数分後、そこには涼しげな顔で転がった熊を見下ろすスタンの姿があった。

「いや、お見事。さすがはスタン」

 エリックはそう言うと鎖をくわえて走ってきた。

「全く、とんだ体力の浪費だよ」

 スタンはリュックからタオルを取り出して刀の血を念入りに拭き、手の中で小さなサイズへと戻した。この大きさを変える刀はスタンが発掘屋になりたての頃、初めて掘り出した思い出の品である。刀と鞘は同じ材質で出来ているらしく、鞘で敵の攻撃を受け止めてもヒビ一つ入らない。材質は不明だが、何やら特別な力を持っている刀だということは確かだった。念じればサイズを変えることができることに気づいたスタンは、持ち運びにも便利だったので護身用に持ち歩くことにしたのだった。

「でも、亜種熊が群れで行動するのは珍しいな」

 刀の両先端につけた輪に鎖を通しながら、スタンは五匹の動かない熊たちを見つめた。

「まあ、森によって亜種たちの行動は微妙に違うから、そうでもないんじゃないか?」

「それもそうか」

 あっさりとスタンも納得し、二人はまだ見えぬ町へ向かって急いだ。

 森の道を歩き続けること約五時間。そろそろライトの光も危なくなってきた頃、スタンとエリックはようやく町にたどり着いた。

「……三時間じゃねえじゃん」

 町の入口に立ったエリックが不満そうに呟いた。スタンはそんなエリックをチラリと横目で一瞥して見張員の詰め所へ向かう。

「すみませーん」

 声をかけると、中から紺色の制服を着た初老の男が出てきた。

「はいよ。あれ、お嬢ちゃんはこの町の子じゃないねえ」

 スタンを一目見てそう言った見張員は、珍しそうにスタンとエリックを交互に眺めた。

「ぼくは発掘屋です。町に入りたいんですけど、遺跡地帯から来たので消毒をお願いします」

「へえ、お嬢ちゃんが発掘屋かい。若いのに変わってるねえ。こっちの犬はお嬢ちゃんのペットかい?」

「いえ、ペットというかパートナーです。彼は力もあるし、鼻も利くので」

 スタンの言葉にエリックはハッハッと舌を出しながらワンっと一声吠えた。

「なるほど、確かに普通の犬とは違うねえ。変わった種類だ。発掘屋用なのかい?」

「ま、そんな感じです」

「へえ、そうなのかい」

 そう言いながら、見張員はしばらく珍しそうにエリックを眺めていた。

「……あの」

「おお、消毒だったな。すまん、すまん。本当に変わった犬だったから。目の真っ赤な犬なんて初めて見たよ。さ、こっちだ」

 見張員は笑いながらスタンとエリックをすぐ近くの小屋へ案内した。

「どれ、汚染レベルはどのくらいかな?」

 小屋の中は透明なガラスを挟んで二部屋にわかれていた。その一つにはスタンとエリックが、もう一部屋には見張員が入っている。見張員は備え付けの機械を慣れた手つきで操作してスタンたちの汚染レベルを調べ始めた。

「うん、レベルは二だ。これならすぐすむよ」

「二だってさ。思ったほど汚染されてなかったね」

「ワン!」

 尻尾を振りながらエリックは答えた。エリックはスタン以外の人の前では話すことはない。彼は特異進化種の犬であり、希少種だ。特異進化種は森にいた熊のような亜種とは違って知能がとても高い。そのため人を襲うことはないのだが、一般的に特異進化種という存在が知られていないため亜種と同等に見られてしまう。以前、エリックが人前で話してしまった時は、危うくその町の住人全員から殺されかけたほどだ。それ以来エリックは町では普通の犬を演じるようになったのである。

「それじゃあ、いくぞ」

 見張員はそう言うと、手元にあった赤いボタンを力強く押した。するとスタンたちの頭上から即乾性の消毒液がシャワーのように降り注いだ。

「よし、終わったよ」

 数秒後、見張員の声を合図にスタンとエリックはそれぞれ体を叩きながら部屋から出た。もちろんエリックの場合は叩くのではなく体全体をブルブル震わせながら、だが。

「あの、図書館ってまだ開いてますか?」

 小屋の外で待っていた見張員は腕時計に目をやりながら首を横に振った。

「いやあ、もう閉まってるだろう。この町は夜が早いからね。でも、その代わり朝も早いよ。今日はホテルでゆっくり休んで、明日一番に行くといい。日の出と共に開館するからね」

 彼はそう言うと、ホテルの場所と図書館の場所を丁寧に教えてくれた。スタンは礼を言い、さっそく町の中へと向かった。


 町の店はほとんど閉まっていて人通りも少なかった。見張員の言っていた通り、夜が早いらしい。それでも食堂はまだ営業しているらしく、店内からいい香りと酔っ払いの笑い声が聞こえてくる。昼から何も食べていなかったことに気づいたスタンは、エリックと顔を見合わせて先に食事をすることに決めた。

 食堂は意外と繁盛しているようで、あらかた席が埋まっていた。聞こえてくる会話から推測するに、町の人間より発掘屋や商人が多いようだ。スタンとエリックは適当に空いている席に座って料理を注文した。近くの席ではチンピラ風の四人組がうるさく騒いでいる。スタンはその声を聞くでもなく聞いていた。

「しっかし、あの遺跡はカスだったな。けっこうでっかい遺跡地帯だったから期待して行ったのによ」

「もう誰かに発掘されたあとだったんだろ。よくあることじゃねえか」

「そうそう。町の近くの遺跡はもうだいたい発掘されちまってんだから、狙うなら海に近い遺跡地帯だ」

「……そこまで行くのも面倒だよな」

「でもよ、遺跡が崩れるのを避けながらようやく手に入れたのがこんな何にも書かれてねえ真っ白な本一冊ってのはあんまりだぜ。質屋に持って行っても金にもならん」

 そう言って男がバンっと机に置いたのは一冊の古びた本。スタンはそれを横目で見ると、小声で詞を唱えた。

(カク)

 その直後、本が一瞬青い光を放った。

「お、おい。今、その本光らなかったか?」

「あ? んなわけねえだろうが。だいたい何なんだ、こいつは。真ん中のページに妙な字が一文字書いてあるだけなんて、ガキの落書き帳かっての」

 男たちはグチグチと文句を言いながら酒を呑み続けている。そんな男たちを横目で見たスタンは、うっすらと笑みを浮かべていつの間にか運ばれていた料理を食べ始めた。その間、エリックはスタンの様子など全く気にせず、ひたすら料理を口に頬張っていた。

 スタンが席を立ったのは四人組が店を出た直後だった。テーブルの上に会計をピッタリ払い、音も立てずに店を出る。エリックは残った料理を一気に口へ放り込んでその後を追った。

「ふぁんだ? ほうひた?」

 口に物を詰め込んだまま、エリックが小声で聞く。その声にスタンは人差し指を口にあて、男たちを指した。

「んん?」

 エリックはよく理解していない様子で首を傾げた。スタンは建物の陰に隠れながら男たちの後を追う。彼らは酒がかなり回っているのか大声で笑い続けていた。しかし薄暗い裏通りに入るとその様子は一変した。四人の内の一人が突然前方へと吹き飛ばされていったのだ。男は勢いよく建物の壁に頭を打ちつけて動かなくなった。どうやら何者かに背後から襲われたらしい。

 男たちは口々に何か怒鳴りながら、それぞれナイフや銃を構えている。そんな三人の前にゆらりと人影が現れた。しかし、スタンの位置から顔がよく見えない。

「ヨー。おまえらさあ、遺跡をブッ壊したんだって? それってヨー、西の遺跡のことだろ」

 妙な喋り方をする襲撃者は、声から推測するに若い男のようだ。

「あん? なんでそんなことてめえに教えなきゃいけねえんだ」

 ナイフを構えた男がそう言いながらジリジリと距離を縮めていく。

「ヨー。その遺跡って、俺がこれから調査する予定だったんだ。なのに、今日そこ行ったら遺跡がほとんど崩れてたわけよ。で、あんたらの話を食堂で聞いてたら、遺跡をブッ壊したって言うじゃん」

 彼はそう言うと、まるでダンスをするように軽くその場でジャンプした。

「ヨー、つまり貴重な俺の研究対象をブッ壊してくれたってことじゃん」

「はあ? 研究対象も何も、あそこにはこの本一冊しかなかったんだぜ? 研究する物なんて何一つ残ってなかった。それに西の遺跡って言っても、あそこら辺は遺跡群集地じゃねえか。どれがその遺跡かなんてわかんねえだろうが」

 銃を構えた男が言いながら懐から本を取り出し、地面に投げつけた。

「ヨー、でも遺跡を壊したってのは本当じゃん。あそこらの遺跡って、全部、俺の研究対象だったわけよ。つうことで、ちょっと痛い目遭ってくれるかなあ」

 彼はそう言うと、目の前に迫っていたナイフの男を右から蹴り上げ、その勢いのまま体を回転させて男の脇腹に回し蹴りを入れた。男は声も出せずに倒され、脇腹を押さえて唸っている。

「……なっ! てめえ!」

 もう一人の男は持っていたナイフを襲撃者に投げつけた。しかし襲撃者は身軽に側転してそれを避けると着地した足で前へと踏み切り、男の顔に肘鉄をくらわせる。さらによろけた男の足元を目掛けて彼は瞬時に屈み込み、低い位置で足払いをした。男は後ろに転倒して動かなくなった。

「ヨー、残りはあんただけだね」

 彼はユラユラと体を揺らしながら銃を構えた男に近づいた。

「な、なんだってんだよ、お前は。妙な喋り方しやがって。クソガキが不意打ちなんて卑怯な真似を」

「あんたらだって似たようなもんじゃん。そのクソガキ相手に武器なんて構えちゃってさ。俺なんて、丸腰よ」

 男と襲撃者は睨み合ったまま、ジリジリと間合いを縮めていく。

「……まずいな」

 その様子を静かに見守っていたスタンは思わず呟いた。あの二人の喧嘩がどうなろうが知ったことではないが、このまま放っておくと投げ捨てられた本が巻き添えになってしまう。それだけは阻止しなければならない。

「エリック。ぼくが合図したら、あの二人の気を引いてくれないか」

「いいけど、なんで?」

 未だに事態を理解していないエリックをスタンは冷たい目で見つめた。

「君のその赤い目は節穴かい? あの二人の足元」

「足元? ああ、本があるな。で?」

「……君に一発、詞を送ろうか?」

 右手をエリックの顔に押し当てながらスタンは口を歪めて笑ってみせた。

「じょ、冗談じゃねえか。やめろ。マジで」

 怯えた表情でエリックは急いでスタンの傍から離れる。エリックの動きを確認して、スタンは睨み合う二人の頭上に向けて右手をかざした。

(サク)

 直後、二人の頭上で小さな爆発がいくつも起こり、その音がうるさく路地に響き渡る。

「な、なんだ!」

 慌てて辺りを見回す二人。そこへエリックが走り出して行った。

「ウー、ワン! ワン!」

 エリックは吠えながら牙を剥いて二人を威嚇する。

「どっから来やがった。このっ……!」

 男がエリックに向けて銃を撃つ。それを横へ跳んで避けたエリックは、そのまま襲撃者の方へと走り出した。

「うわ! ヨー、なんだよ、この犬」

 上手くエリックが二人の気を引きつけている間、スタンは地面に落ちている本に右手を向けた。

(ドウ)

 スタンは詞の発動を確認するように右手を左右に動かす。すると、その手の動きに合わせて本もまた左右に動いた。

「よし」

 一人頷いたスタンは、暴れ回る二人と一匹の足に踏まれないように注意しながら、そして誰にも気づかれないようにゆっくりと本を自分の足元へ移動させていく。ようやく自分の足元まで移動したそれを手に取ると、さっきと同じように男たちの頭上へ手を向けた。

(サク)

 再び起こった小爆発に紛れて、エリックは素早くスタンの元へと戻ってきた。男と襲撃者は爆発に気を取られてエリックの動きには気づいていないようだった。

「よし、じゃあホテルに行こうか」

 スタンは静かにそう言うとパニックを起こしている二人を残し、ゆっくりとその場から立ち去ったのだった。


「あー、今日はなんていい日なんだ」

 ホテルの質素なベッドの上でスタンは嬉しそうに本を広げていた。すでにシャワーを浴び、服も着替えて機嫌は最高だ。その隣には、やはりシャワーを浴びてさっぱりしたエリックが満足そうに座っている。

「そうだよな。一日に二冊も本が手に入るなんて、そうそうないもんな。で、今度はなんていう詞なんだ? 使ってみろよ」

 嬉しそうにエリックは尻尾を振る。

「ダメだよ、エリック。町の中で詞を試しちゃ。ほら、いつだったか、どこかの詞使いが町中で詞を試したせいで、大火事になったことがあったじゃないか」

 諭すようにスタンは人差し指を立てる。

「ああ。そういえば、そんなこともあったな。でも、何故かそのどこかの詞使いさんは火事のあと、町長から表彰されて礼金をたんまりもらってたよな」

 頷きながらそう言うエリックに、スタンは人差し指をチッチッと振ってみせた。

「それは違うよ、エリック。ぼくは自分の身をかえりみず、命をかけてホテルに取り残されていた宿泊客を七人も助けたんだ。お礼をもらって当然さ」

「そうか。そういえば、なぜかその町長は火事の原因は調理場の火が燃え広がったからって言ってたっけ」

「そうそう。いやあ、あれはラッキーだったな。まさか、試した詞であんなことになるなんて……」

 そこまで言って動きを止めたスタンを、面白そうにエリックが覗き込んだ。

「とにかく、町中で効果を知らない詞を使ってはいけないというのが、最近作られたぼくの中のルールだ」

 エリックの頭を軽く叩きながら、スタンは端末を取り出した。

「でも、とりあえずいつでも使えるように成り立ちは調べておこう」

「予習をするのはいいことだからな。それにしても、なんだったんだろうな。あのヨーヨー男」

「なにそれ?」

 端末を見ながらスタンは聞き返す。

「何って、さっきの不意打ち男だよ」

「ああ、あれ。確かにヨーヨー言ってたっけ。なんだろうね」

 さして興味もなさそうにスタンは答える。

「西の遺跡がどうのって言ってたじゃん。あれって、ひょっとしてスタンが壊した遺跡のことじゃねえの?」

「ぼくが? いつ遺跡を壊したのさ?」

「……今日、一冊目の本を見つけた時に壊したじゃねえか。盛大に、その辺一帯の遺跡群を。それで危うく俺は死にかけた」

 スタンは手を止め、少し考える素振りを見せて「ああ、そんなこともあったかもね」と、また端末に視線を戻す。

「つまり、さっきやられてた四人組は濡れ衣を着せられて不意打ちを食らい、そのうえ元凶であるスタンに本を盗まれたと」

「過ぎたことをぐちぐち言う男は嫌われるよ、エリック。それに、どうせあの四人組は偽発掘屋だよ」

「なんで?」

「あの四人を見て、第一印象は?」

「町のチンピラ」

「だろ?」

「……そりゃ偏見だろ」

 スタンは聞こえない振りをしながら端末への打ちこみを続ける。

「よし、あとは効果を入力するだけだ。今度は実用的な詞だといいな」

 端末のスイッチを切りながら、スタンはベッドの上の本を撫でた。

「つうか、使ってみないと効果がわからないなんて不便だよな」

「そうだねえ。でも、ちゃんと前文明のことを勉強してる人は詞の成り立ちを調べただけで効果がわかるらしいよ」

「……スタンは?」

「分かってないな、エリック」

「何が?」

「昔からよく言うじゃないか、使ってみてからのお楽しみってね」

 勝ち誇ったようにそう言うスタンを呆れた様子でエリックは見つめた。

「つまり、そこまで勉強するのはめんどくさいと。そういうわけだな」

「さて、今日も疲れたし。寝ようか、エリック」

 エリックの言葉を無視し、スタンは電気を消してベッドに横になる。暗い部屋の中で小さなため息が聞こえた。



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