十七章
しばらくして建物から出たスタンは、思わず目を見張った。ついさっきまでとはまるで様子が違う。地下都市のそこかしこに大量の実験動物たちが走り回っていたのだ。遠くの方からは、ニックとエリックの叫び声や怒鳴り声が響いてくる。
「なにやってるんだ、エリックたちは」
スタンは刀を振り回して動物たちを切り払いながら声のする方へ走っていく。途中、数体の実験動物に行く手を塞がれたスタンは刀を持ったまま右手を前に向けて詞を唱えた。
「|爆≪バク≫」
しかし、大きな爆発が起こるはずの詞は何の反応も示さなかった。
「やっぱりだめか……」
表情を歪めながら刀を振る。溢れかえっている実験動物たちに吐き気を覚えながらスタンは走った。やがて通りの向こうからこちらへ向かってくるニックの姿が見えた。
「あ、アニキ! よかった! 助けてくれよ」
ニックはスタンを見つけると、情けない声を上げながら走り寄ってきた。彼の全身は血まみれだ。
「怪我を?」
思わず聞くと、彼は首を横に振った。
「いや、かすり傷くらいはあると思うけど。……ああ、これはあいつら。それより、こいつら次から次に出てきて、マジでキリがないんだ。しかもずっと、れい、れいって言ってるんだぜ。気持ち悪い」
そう言っている間にも、ニックは何匹かを殴り飛ばす。
「エリックは?」
スタンも刀を振りながら聞いた。
「まだ向こうにいる」
「とにかく、エリックと合流して一度上へ逃げましょう。今のぼくはまともに詞が使えない」
ニックが頷いた時、二人が向かっていた方向からエリックが全力で駆けてきた。
「スタン!」
「エリック、上へ逃げるよ。エレベーターの方へ走れ」
「わかった」
三人はそれぞれ群がる動物たちを蹴散らしながら路地を走る。しかし、エレベーターの近くもすでに実験動物たちが溢れていた。
「ヨーヨー、あいつら一体どれだけいるんだ」
悲鳴のような声でニックは言いながら近づいてきた一体を殴り飛ばした。
「ニック、防護服を!」
「おう!」
脱ぎ捨てられた防護服をニックが取りに行っている隙に、スタンはエレベーターの扉を開けた。
「早くしろよ!」
エリックが怒鳴りながら、エレベーターに動物たちが入ってこないように威嚇している。スタンも扉が閉まらないよう体で押さえつつ、刀を振るう。
ニックは動物たちの攻撃を必死に避けながらなんとか防護服を拾い上げ、一目散に戻ってきた。彼が滑り込んでくるタイミングを見計らって、スタンはエレベーターのボタンを押す。するとポーンと、その場に似合わぬ平和な音をさせて扉はゆっくり閉まっていった。その扉に挟まれて、最後までエレベーターに侵入しようとしていた一匹の腕が嫌な音をたてて切断された。
モーター音を響かせながらエレベーターは上昇する。スタンたちは肩で息をしながらその場に倒れるように座り込んだ。
「……た、助かった」
エリックは荒く息を繰り返しながら床に伏せた。
「ヨー、さすがの俺も死ぬかと思ったぜ」
そう言いながら、ニックは拾った防護服をスタンに渡す。
「ああ、でも肝心の本を見つけることができなかった」
それが目的だったというのに。スタンは顔をしかめながら防護服に腕を通した。
「そんなもんより、命があってよかったじゃねえか。つうか、アニキは一人で何してたんだよ」
同じように防護服を着ながら、ニックはスタンを見る。そして大きく目を見開いた。スタンの防護服は肩や腹部からじわりと赤い染みを広げていた。
「え、アニキ? ヨー! すげえ怪我じゃねえか。誰にやられたんだ?」
「――ぼくのことより、あなたたちは何をしてたんですか。女の子は?」
「あ!」
ニックとエリックが同時に声をあげ、顔を見合わせた。
「やべえ、忘れてた」
「忘れてたって……」
「あの後、あの男を見失ったんだ。それで、片っ端から部屋を調べてたら、いつのまにやらあんなことに。俺たち逃げるのに必死でさ。ヨー、言っとくけど俺が悪いんじゃねえぞ? この、犬っころが――」
「なに言ってんだ! おまえのせいだろ」
「そんなことはどっちでもいいですよ。とにかく、状態を整えてからもう一度降りよう」
「マジで?」
「ヨー、勘弁してくれよ」
スタンはニックとエリックを冷ややかに睨みつけた。その無言の圧力に耐え兼ねてか、一人と一匹は渋々頷く。
少しして、再びポーンと音をたてて扉が開いた。スタンたちは建物から出ると、とりあえずバギーカーに向かって歩き出す。
「ヨー、アニキ。本当に大丈夫か? 全然、血止まってないだろ」
「大丈夫です……」
そうは言ったものの、正直、あまり大丈夫ではない。深くえぐれた肩と腹部の傷が熱を持ち始め、出血は止まらない。さらに折れているであろう肋骨が恐ろしいまでの痛みをスタンに与えている。油断すると意識を失ってしまいそうだった。
「ヨー、もうちょっとで車に着くから」
ニックがそう言ったとき、急にエリックが立ち止まった。
「エリック? どうしたんだい」
「……誰かいる。それも大勢だ」
耳をピンと立てて、エリックはまっすぐ前を見つめている。
「もしかして、奴らの仲間? もういないと思ったけど」
スタンは力の入らない手で刀を持ち直した。ニックも拳を握って身構えている。二人は緊張した面持ちで、エリックが警戒している方向を見つめた。しばらくして、遠くに人影が現れた。
「ああ、なんだ。スタン、大丈夫だ。あいつらの仲間じゃないみたいだぜ」
エリックはそう言うと、大きな声でワンワンと吠え始めた。
「エリック? なにを……」
人影はエリックの声に反応してこちらに顔を向けた。そして後ろに誰かいるのか、なにやら叫んでから走ってきた。
「おい、大丈夫か? ……なんでこんなところにいるんだ」
「あの、あなたは?」
スタンは男と距離を保ったまま尋ねる。
「俺か? 俺は警備隊員のエアロンだ。最近多発している少女誘拐事件を調査している。少女を連れた男がこちら方面に逃走したという目撃証言があったんだが……」
エアロンは防護服に縫いつけられている警備隊のマークをスタンに見せた。それを確認してスタンは頷いた。
「ぼくはスタン。発掘屋です。誘拐された子たちは、この遺跡の地下にいます」
「地下?」
「そこの建物のエレベーターから下に降りることができますから」
エアロンは建物を見て、再びスタンに視線を戻した。
「地下、があるのか? おまえらの怪我はそこで?」
「ヨー、降りるなら気をつけたほうがいいぜ。下は化け物で一杯だ」
ニックは安心したのか深く息を吐き、その場に座り込みながら言った。
「化け物だと? それにやられたのか」
「いえ、ぼくは違いますけど。とにかく時間がない。早く彼女たちを助けてあげないと、あいつらに殺されてしまうかも……」
エアロンは緊張した面持ちで頷いた。
「おい! 地下だ。俺についてこい。武器を忘れるな。戦闘体勢だ。それから、こいつらの手当てを頼む」
エアロンは追いついてきた隊員たちに命令し、部下を引き連れて建物の中へ入って行った。
「大丈夫ですか? こちらへ」
スタンは若い隊員に支えられながら警備隊のワゴンまで歩いた。その後にニックとエリックも続く。
「防護服はもう脱いで大丈夫ですよ」
ワゴンの中で、隊員が自分の防護服を脱ぎながら言った。スタンは頷いたが、顔を上下させることによって視界が大きく歪んだ。
「ヨー、アニキ?」
ニックの声が遠く聞こえる。
「大丈夫……」
スタンはそう言いながらも崩れるようにうずくまる。とても立ってはいられなかった。
「ちょっと、大丈夫ですか?」
隊員が慌ててスタンを支えるが、スタンの意識はそのまま途絶えてしまった。




