十八章
夢を見た。
幼い少女や少年たちが楽しそうに遺跡地帯で遊んでいる夢だ。何がそんなに楽しいのか、彼らはずっと笑っていた。やがて子供たちの顔がこちらを向いた。そして楽しそうに笑顔を浮かべたまま、ゆっくりと口を動かす。声は聞こえない。しかし、不思議と何と言ったのかわかった。
『ありがとう』
次にスタンが目を覚ましたのは、見覚えのある部屋のベッドの上。どこだっただろうと記憶を探っていると、部屋に白衣姿の男が入ってきた。レイスだった。
「お。気づいたか」
レイスはスタンが目を覚ましていることに気づくとそう言って、ベッドの脇にあった椅子に腰を下ろした。
「……どうしてぼくはここに?」
尋ねるとレイスは「覚えてねえのか」と少し眉を寄せた。彼の話によると、スタンは出血多量で危うく死ぬところだったらしい。警備隊の応急手当と病院での治療で一命を取り留めたのだそうだ。
「エリックとニックは?」
「ああ、無事だよ。病室に入れたらうるせえからよ、入室禁止にしたんだ」
「そうですか」
彼らが言い合う様子が頭に浮かび、スタンは思わず微笑む。それを見たレイスも小さく微笑んだ。
「ま、あんたが目を覚ましたってことは伝えといてやるよ」
「退院は?」
「まだ無理だ。あんただって身体動かせねえだろう?」
言われてスタンは少し身体に力を入れ、すぐに諦めた。全身に鉛でも入れられたかのようだった。
「俺の許可が出るまでは大人しく寝ときな」
レイスはそう言うと、スタンの頭をポンポンと叩いて部屋から出ていった。
それから数日間、スタンは眠ったり起きたりを繰り返した。目を覚ましてもすぐに眠気が襲ってきて、誰とも満足に話をすることができなかった。そしてようやくまともに会話が出来るようになった頃、待っていたかのように警備隊のエアロンが現れた。
「よう。体調はどうだ?」
「おかげさまで。だいぶ楽になりました」
エアロンは「そうか」と頷きながら椅子に座った。
「一時はどうなるかと思ったが、生きててよかったな。で、さっそくなんだが、あそこで何が起こったのか話してくれないか?」
彼は制服のポケットから端末を取り出し、録音モードにして膝の上に置く。
「事情聴取ですか」
スタンが言うと、エアロンは苦笑して曖昧に頷いた。
「別にそういうわけじゃないんだが、これも仕事でね。誘拐された女の子たちがいた場所に、あんたたちがいた。他には誰もいなかったのに、だ。事情を聞かないわけにはいかないだろう。入院中なのに申し訳ないが、こちらも上から早く報告書を出せとせっつかれててね」
「仕方ないですね」
スタンは溜め息をついて地下都市で起こったことを最初から順に説明していく。
「あの場所で、人体実験を……。それで、そのローレンとかいう男とその仲間たちはどこへ行ったんだ?」
「さあ」
「おいおい。まさか、どこかへ消えたとでも言うのか?」
「そうですね。消えました。詞の力で、ね」
「詞か。俺は詞についてはよくわからないんだが。あんたがその詞を使ったのか?」
「いいえ。ローレンが使ったんですよ」
スタンが言うと、エアロンは困ったように頭を掻いた。
「ローレンが使った詞が彼の家族によって、ローレンに返されたんです」
エアロンは眉を寄せて首を傾げると「まあ、いい」と小さく頷いた。
「図書館連盟にはそう報告しておくよ。俺は詳しく知りたくないしな」
「そうしてください。ところで、誘拐された子たちは無事だったんですか?」
スタンの言葉に、エアロンは表情を曇らせた。
「彼女たちはひとつの部屋に閉じこめられてたんだが、見つかったのは行方不明になった人数の半分ほどだ」
「そうですか……」
スタンの脳裏に、あの部屋の棚に並べられていた臓器が浮かんだ。
「――それで、あの地下都市なんだが」
エアロンは雰囲気を変えるように顔を上げた。
「やっぱり研究者たちが調査を?」
「いや、そのつもりだったんだがな。どういうわけか子供たちを助けだして一度上へ戻ると、爆発したんだ」
「どこが?」
「地下都市全体が。それはもうすごい爆発だったぞ。俺たちが立っていた地面が揺れたからな。一体なぜ爆発が起こったのかは、まったくわからないままだが……。とにかく、もうあの地下都市へ行くことは無理だ」
エアロンは肩をすくめた。
「爆発、ですか……」
スタンは呟きながら、ふとあることを思い出した。地下都市から逃げ出す途中、ひとつの詞を唱えたことを。あの詞はたしか……。
「どうした?」
エアロンは不思議そうにスタンの顔を覗きこむ。
「あ、いえ。別に」
スタンは素知らぬ顔で首を横に振った。
「地下都市に入れないということは、盗まれた本も埋まってしまったってことですね」
「んー。そうだなぁ。残念ながら」
「そうか……」
その状況を引き起こしたのが自分であるだけに不満をもらすわけにもいかない。本を手に入れるために行ったはずなのに逆に埋めてしまうとは。スタンは深く溜め息をついた。
「ま、そういうわけだから。埋まった本の詞のデータは図書館の端末に残っているし、まあ、まだ登録のない物もあったかもしれないが、それはもう諦めるしかない。どっかの遺跡にまだ見つかってない本があるだろ。気を落とすな」
ため息の理由を勘違いしたのか、エアロンはそう言ってなぐさめるようにスタンの肩を叩いた。
「じゃ、俺は仕事に戻るよ。さっそく報告書を書かないと」
「あ、はい。お疲れ様でした」
後ろ姿を見送りながらスタンはもう一度深くため息をついて、ベッドに横になったのだった。
「どうも、お世話になりました」
さらに数日後、すっかり体調が戻ったスタンは退院の許可を得て病院の入り口に立っていた。
「おう。また怪我したら来いよ」
荷物をスタンに手渡しながらレイスは言って笑う。
「それは遠慮します。レイスさんの治療費、バカ高いですよ。二度と入院はご免です」
スタンもそう言いつつ、笑みを浮かべた。
「入院はしませんが、たまに遊びに来ますよ。じゃあ、失礼します」
スタンは一度頭を下げてから病院を後にした。そのまま町の出口へ向かっていると、後ろからクラクションが響いた。
「ヨー、なんだよアニキ。ちょっと待っててくれればいいのに」
スタンの横に車を停めて、ニックが運転席から降りてきた。
「なぜ、ぼくがあなたを待たないといけないんですか?」
冷たく答えるスタンにニックは「そりゃないぜ」と情けない声を出す。
「ぼくは一人で旅を続けます。あなたと一緒にいると疲れて仕方ない」
「ヨー、そんなこと言うなよ。毎日、見舞いにも行ってやったのにさあ」
「それが迷惑だったんですよ。毎日、毎日、うるさくて仕方なかったです。眠りたくてもすぐに目が覚めてしまって。ああ、もしかしたら入院が長引いたのはあなたのせいかも。ほら、エリック降りて。歩きで行くよ」
「いいのかよ? だって、こいつに金貸してんのに」
エリックが後部座席から頭を覗かせて言う。
「それは振込みにしてもらいます」
「ヨー、甘いな、アニキ。俺が大人しく振り込むと思うか? 自慢じゃねえが俺は金に関して約束を守ったことは、ほとんどねえぜ」
「本当に自慢できないな。さすがはバカだ」
「うるせえ、犬っころ。それに言っただろ? 俺は、その……アニキを嫁にもらってやるってよ」
少し顔を赤らめてニックがはにかんだ笑みを浮かべる。
「……気持ち悪いですからやめてください」
「男に二言はない!」
ニックは言い切ると、助手席のドアを開けた。
「ほら、乗ってくれよ。俺はアニキの行くところはどこにでもついて行くぜ。来るなと言われても絶対ついていく」
スタンはしばらく考えてから、仕方なく助手席に乗り込んだ。
「へえ、乗るんだ」
エリックは面白そうに笑っている。
「だってこの人、乗らないとしつこいし……。本気でストーカーになりそうだし」
「ヨーヨー。やっとアニキも俺って人間が分かってきたじゃん?」
言いながら嬉しそうにニックは運転席に乗り込み、アクセルを踏み込んだ。
「それで、どっちに向かうんだ? スタン」
「そうですね。とりあえず、地図に載っていないエリアを目指しましょうか。まだ未発掘の遺跡があるでしょうし」
「よっしゃ! まかせろ、アニキ!」
バギーカーは軽快なエンジン音を響かせながら、荒れた大地を走り去っていった。
了




