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詞を継ぐ者  作者: 城門
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十六章

「ふむ。君はなかなか優秀な詞使いですね。今まで出会った中でも、上位の力の持ち主ですよ。詞に対する反応も早い」

 ローレンは顎に手をあてて、感心したように頷く。

「それはどうも」

「邪魔ですね」

「え?」

 スタンが聞き返したと同時にローレンは小さく詞を唱えた。その瞬間、なんともいえない違和感がスタンを襲う。

「|刃≪ニン≫・|飛≪ヒ≫」

 力の刃が宙に現れ、スタンに向かう。

「|壁≪ヒャク≫・|硬≪コウ≫」

 スタンの詞に応じて床から盛り上がる、はずだった。しかし反応がない。驚いているうちに刃は容赦なくスタンの体を貫いた。スタンは唸りながら膝をつく。真っ赤な血が床に広がっていく。

「なぜ……?」

 どうして詞が反応しなかったのか。スタンの呟きにローレンは静かに笑みを浮かべた。

「詞は使えませんよ。一切、ね」

「へえ――、まさか、そんな詞もあるとか?」

「ええ。僕が作ったオリジナルの詞ですけどね」

「オリジナル。それはすごい。これは……困ったな」

 スタンは痛みに歯を食いしばりながら立ち上がった。無言で刀を首から外し、大きさを戻す。詞が使えない以上、戦う手段はこの刀しかない。

「ほう。面白い物を持ってますね」

 興味深そうにローレンは刀を眺めている。それはまるで、新しいおもちゃを見つけた子供のような表情だった。

 スタンは一度深く深呼吸をして気を落ち着かせると、勢いよく床を踏み切った。そしてローレンに向かって刀を振り下ろす。だが、その刃が彼に届く前に刀は見えない壁に阻まれて弾かれてしまった。

「無駄ですよ。言い忘れてましたが、僕の使う守の詞は改良版でね。効力に時間制限がないんです」

「そうなんですか。……ますます困ったな」

 スタンは大きく肩で息をして、刀を構えなおす。

「それじゃあ、そろそろ終わりにしましょうか」

 ローレンは嬉しそうに笑みを浮かべながら言った。

「なぜ――」

 スタンが言うと彼は不思議そうに首を傾げる。

「なんですか?」

「――なぜ、彼女がぼくをここに連れてきたと思いますか」

「さて……。もし君の言うことが本当だとするなら、きっと彼女が君のパーツを欲しがったんでしょう。君の体であの子は生き返るんです」

「本当に、そう思っているんですか? 彼女は、本当に生き返りたいと思っているのでしょうか」

「何をくだらない。生き返りたいに決まってます。だから、僕は長い月日を研究に費やして――」

「それはあなたの主観であり、勝手な言い分ですよ。彼女からそう聞いたわけではないでしょう?」

 ローレンは一瞬言葉につまり、軽く首を振った。

「聞かずともわかる。僕の想いは彼女の、いや、みんなの想いだ」

「本当に? 彼女は何の罪もない多くの少女を犠牲にし、その臓器によって生き返って、果たして幸せでしょうか?」

「そのことを知らせなければいい」

「それは無理ですよ。聞いてなかったんですか? ぼくは彼女に会ったんです」

「……そんなこと、信じられませんね」

「黄色い小さな花がたくさん描かれたワンピースに真っ白なサンダル。笑った時に右頬にえくぼが出来ていました。あ、そういえば右手の中指に青い石の指輪があったはずです」

 ローレンは顔を強ばらせてスタンを見た。

「なぜ……どうして知っている。あの指輪は写真にも写っていない。僕があの子の遺体の指につけてやった、僕だけが知っている指輪だ」

「見たからですよ」

 スタンはゆっくりと静かに言った。ローレンは目を大きく見開いて、真偽を確かめるようにスタンを見つめている。

「――本当、なのか?」

「ええ、本当です。そして彼女は生き返ることを望んでいない。むしろ、このままそっとしておいて欲しいと思っている」

「それは嘘だ! 彼女は生き返りたがっている。そして、みんなと一緒に幸せに――」

「違います」

「なぜお前にわかる!」

「だって、そこにいるじゃないですか。彼女が」

 スタンはローレンの後ろを指差した。つられるようにローレンがその指の先に顔を向けた。しかし、そこには誰もいない。何もない。ローレンは指された場所とスタンの顔を見比べ、駄々をこねるように首を振った。

「……嘘だ。どこにもいないじゃないか!」

「います。ぼくには見える」

「僕には見えないっ!」

 ローレンは叫んだ。少しずつ、彼が正気を失いつつあることがスタンにもわかった。

「なぜあなたに見えないか。それはきっと、あなたが溺れてしまったからですよ。自分の才能に溺れ、自分の欲望のために彼女を利用している。そんなあなたには彼女の姿が見えない」

「……僕の欲望?」

「そうでしょう? 自分の力で一から人間を造る。最初は彼女たちを生き返らせるためだったかもしれない。けれど今は、きっと誰でもいいはずだ。ちゃんとした成功例が欲しいだけ。人間を造ることに成功したとき、自分は人間を超えた存在になれる。そう思っていませんか?」

「違う。僕はみんなのために、また一緒に暮らすために、彼女を造ったんだ。――造る? 僕が彼女を? 違う。僕は――」

 ローレンの動きが止まった。スタンは警戒しながら彼を見つめる。力でローレンには敵わない。ならば、なんとか言葉で彼を止めなければ勝ち目はない。あと少しだ。スタンは次に繰り出すべき言葉を必死に考える。

「――君に、何がわかるというんですか」

 ローレンは静かな口調で言った。その様子は元の冷静な彼のように見える。しかしどこか違う。

「親もなく、家もない。一番大切な家族は、汚れた世界のせいで死んでしまった。こんな世界を造ったのは誰だ? 人間……。そう、人間だ。僕はそんな人間になりたくなかった。だから僕は、人間を造ることで神になるつもりでいたんだ。こんな僕を彼女たちはきっと軽蔑してるんだろうな。だから……だから僕に、彼女は見えない。ああ、そうか。僕はもう――」

 ローレンは言葉を切って俯いた。戦うことをやめたわけではなさそうだ。彼からは底知れない力を感じる。スタンはゴクリと唾を飲み込んだ。

「僕は、消えることにします」

 少しの沈黙の後、ローレンはふと呟くように言いながら顔を上げた。

「……こんな僕を生み出した、この汚れた世界ごとね」

 ローレンは狂気に満ちた笑みを浮かべて静かに詞を唱えた。

「|無≪ム≫・|闇≪オン≫・|死≪シ≫・|全≪ゼン≫」

 ローレンから放たれた力は、スタンではなく彼の周りへと広がっていく。

「全部……全部、消えてしまえばいいんだ――」

 ローレンの周りから徐々に全てが消えていく。光も、音も、何もかも。

「え、どうしよう。なんとかしないと……」

 しかし、詞が使えない今のスタンにできることは何もない。目の前にはゆっくりと虚無が広がっていく。

「お前も僕と一緒に消えてしまえ!」

 悲鳴のようなローレンの叫び声が遠くから聞こえる。

「――打つ手なし、ですね」

 そう呟いたスタンの声さえもすでに自身の耳には聞こえない。スタンは目を閉じ、覚悟を決めて力に飲み込まれるのを待った。

 数秒、数十秒……。

 しかし、いくら待っても何も起こらない。意識を奪われることもなく、スタンはそこに存在していた。不思議に思いながらそっと目を開けてみると、ローレンの周りから広がっていた闇は動きを止めていた。

「なにが?」

 呟きながらスタンはローレンを見る。彼は呆然とした表情でスタンの隣に目を向けている。

「メイリー……」

 ローレンの声が聞こえる。スタンは自分の隣に目をやった。そこにはスタンをここへ連れてきた、あの写真の少女が立っていた。

「メイリー?」

 それが彼女の名なのだろうかとスタンは確認するように呼ぶ。彼女はスタンに顔を向けるとかわいらしく微笑み、再びローレンへと向き直った。

「ああ、メイリー。僕に会いにきてくれたのか?」

 ローレンは戸惑いの表情の中に笑みを浮かべてメイリーを見つめている。突然現れた少女の存在が彼を動揺させ、詞の力を停止させているのだろう。

「メイリー、どうしたんだ。どうして、そんな目で僕を見る……?」

 彼女は厳しい表情でローレンを見つめている。

「メイリー。僕はこの世界をきれいにしようとしているだけなんだ。昔から言ってただろう? 世界がきれいになれば、僕たちは幸せに暮らせるって。そんな目をしないで。さあ、そこをどいて」

 しかし、メイリーは悲しげな表情で首を横に振った。

「なんだ? なにが言いたい」

 一瞬の間を置いて、まるでメイリーが返事をしたかのように止まっていた詞の力が急速に圧縮され始めた。

「な、なんだこれは。メイリー、君がしてるのか?」

 ローレンは目を見開きながら、しかし何をするでもなく力の行方を見つめている。すでに闇に呑まれてしまったはずの部分が見る間に元に戻っていく。普通ならありえない現象だ。

「ま、待て。メイリー、何をするんだ!」

 圧縮された力はゆっくりとメイリーの前に集まり、ついには小さなボールのように黒く丸い塊となって彼女の手に収まった。メイリーはスタンを見ると申し訳なさそうに眉を下げた。そして手の中に闇を抱えたまま、ローレンの元へと駆け出す。

「メイリー……?」

 呆然とその様子を見つめるローレンの胸に彼女は飛び込んだ。その瞬間、闇の球は弾けてローレンの体を飲み込み始めた。同時にメイリーの身体から淡く丸い光が次々と放たれ、それらは人の形へ変化していった。現れたのは子供だ。それはあの写真に写っていた子供たちだった。

彼らは写真のままの姿で、優しく微笑みながらローレンの周りを囲んでいく。ローレンは突然現れた彼らを驚いた表情で見まわしていたが、やがて何かを悟ったように微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。そして闇へと飲み込まれていく。最愛の家族たちと共に。

 子供たちは無邪気な笑みを浮かべてスタンに向かって手を振る。メイリーもローレンの手を握り、嬉しそうにスタンに笑いかけた。そんな彼らが闇の中へ消えていくのをスタンはただ眺めていた。そして、ローレンは消えてしまった。彼がいたはずの場所には、その存在を示す物は何も残されていなかった。


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