十五章
「いやー、すっかりお待たせしてしまって」
ローレンは頭を掻きながら、にこやかに振り返った。
「いえいえ。すっかり圧倒されて動くことできませんでしたから」
スタンは額の汗を拭いながら言った。今までに何人も詞使いに出会ってきたが、ローレンのような使い手は初めてだ。何の気負いもなく恐ろしい詞を使い、生きている人間をまるで虫のように扱う。
あの二人を消した詞は遺跡を消し去ったレイが使ったものに違いないが、規模が極端に小さい。つまり人間用に規模を抑えたということだろう。威力をそのままに規模だけを小さくするには、かなりの技術と精神力を必要とする。
「お恥ずかしいところを見せてしまいましたね。ここに来ることができるのは、あとはレイだけですが……」
ローレンは問うような視線をスタンに投げた。
「その人なら、もういませんよ」
「ああ、やはりそうですか。手間が省けてよかったです。ありがとう」
言いながら彼は一歩こちらに近づく。スタンは自然と一歩後ずさりながらふと、あることを思い出した。
「……そうか。今、やっと気付きました」
「何をです?」
「町であなたが言ってたことが何か気になってたんですよ。ぼくが使えなかった詞のことを話したとき、あなたはすぐにそれが何という詞なのか、わかってましたよね?」
「ええ。それが?」
「おかしいんですよ。図書館の人の話では、このところ磁気嵐でずっと通信ができないって言ってたんです。あの詞を手に入れたのは隣町ですが、距離はそこまで離れていない。おそらく隣町にも磁気嵐がきていたはずだ。つまり、データの保存は出来ても、送信はできなかったはずなんです。けれど、あなたはデータを持っていた。その時点で気付けばよかった……。本を盗んだのは、あなただと」
ローレンはにこやかな笑顔のまま頷いた。
「ああ、僕もちょっとヘマしてしまいましたか。まあ、別にいいじゃないですか。結局こうして、僕の正体もバレてしまいましたし」
「それとあと一つ、聞いてもいいですか?」
「ええ、なんでしょう」
スタンは本棚の隣を指差した。
「そこの棚に置いてある写真。その中央に写っている女の子は誰ですか? 隣の部屋に何人も並んでいる女の子ですけど」
「――あなたに、関係ないでしょう」
ローレンの雰囲気が少しだけ変わったように思える。
「いえ、関係ありますよ」
スタンが言うと、ローレンは人形のような笑みを浮かべたまま鋭い視線を向けてきた。
「ぼくが何故ここにたどり着いたと思いますか? この広い地下都市遺跡で」
「さあ? 何故でしょう。確かに不思議ですね」
「案内されたんですよ」
ローレンは首を傾げた。
「案内ですか。誰に?」
「その女の子に、ね」
一瞬の間を置いて、彼の顔から笑みが消えた。そして無言のまま、真偽を確かめるようにスタンの表情を見つめる。
「嘘じゃないですよ。ここでそんな嘘をついても、ぼくには何の得にもなりませんからね」
「そうですね。しかし、とても信じられません。……彼女はまだ生き返っていない」
「生き返る――?」
「そう。僕は彼女を生き返らせるために本を集めているんですから」
ローレンはどこか宙を見つめながら言った。スタンは眉を寄せてローレンを見る。冗談を言っているようには見えない。
「人を生き返らせる詞なんて、あるわけないでしょう」
「たしかに、詞だけでは無理でしょう。しかし前文明の医療技術を応用すれば、それも可能となる」
「医療技術と詞ですか。なるほど、それはアリかもしれませんね。だけど、そこまでして生き返らせたい彼女は、一体誰なんですか?」
「――家族ですよ」
ローレンは寂しそうな表情で棚に置かれてある写真に目を向けた。
「あの写真に写っているのは、すべて僕の家族です」
「すべて、といっても、子供しかいないようでしたが」
「そうですよ。僕たちはみな、この遺跡地帯に捨てられた子供でした」
彼はスタンに視線を戻したが、その目は何も見ていないように輝きがなかった。
「――僕たちは生まれながらの欠陥品だったんです。ある者は腕がなく、ある者は耳が聞こえず、またある者は目が見えない。……この世界に充満している汚染物質のせいです。母親の胎内でその影響を強く受けてしまったんです。望んでそうなったわけでもないのに、僕たちを産み落とした親は自分の子供をゴミのように捨てたんですよ」
ローレンの表情にわずかな変化があった。しかし、それがどんな感情を表しているのかスタンにはわからない。
「当然ながら、こんな汚染レベルの高い地域で、しかも欠陥のある子供が長く生きられるはずもない。……かわいそうに。みんな十数年という短い人生でした。中には数年で生涯を終えた者もいた。みんな死んだ。なのに、なぜか僕だけは生き残った。僕は他の人より内臓が足りない。なのに、死ななかったんだ」
徐々にローレンの口調までも変わってきた。その目には不気味な輝きが宿っている。
「僕は自分が生かされた意味を考えた。考えて、考えて、考え続けて、そしてわかったんです」
「――何が?」
「僕が生きる意味。それは、みんなを生き返らせることだってね」
彼は狂気じみた笑みを浮かべながら続ける。
「もともと、僕は頭がよかったんですよ。どんなことでもすぐに理解できた。みんなが死んでからこの地下都市を発見した僕は、前文明の技術を応用し、汚染された空気を洗浄して、ここにもう一度みんなで住もうと決めたんです。幸い、この地下都市には前文明の医療技術についての文献がたくさんありましてね。その中に人の細胞から遺伝子を作りだし、そこから元の人間と全く同じ体を作り出すというものがあったんです。しかし、当然のことながら魂だけは再生できない。ですから詞を使って魂を呼び出し、体に定着させる方法を考えついたんです」
「……たしかに、魂を呼び出す詞があるとするなら、その方法で人を生き返らせることができるかもしれませんね」
「そうでしょう?」
嬉しそうにローレンは頷いた。
「最近になって、ようやく魂を呼び出せそうな詞を発見したんです」
「へえ、それはすごい。でもいまだに一人も生き返っていないようですが」
「一つ、問題がありましてね。僕と一番仲が良かった彼女から生き返らせようとしたんですが、再生した体にも元の体と同じ欠陥があることがわかったんです。完全な体を作るためには、健康なパーツが必要なんですよ。だから、ヒューシたちに彼女と同じ年頃の女の子を集めてもらってたんです。もちろん理由は告げずに。ルイスが荒らしたあの部屋にあった臓器はそのための物です。しかし、未だに適合するパーツが見つからない。だから――」
ローレンは虚ろな表情を浮かべながらスタンに笑いかけた。異様なローレンの様子にスタンは身構える。
「だから――?」
「君のパーツを僕にください」
ローレンは言いながら右手をスタンに向けた。
「|斬≪セン≫」
ローレンの右手の先から放たれた力がスタンを襲う。
「|守≪シュ≫・|盾≪ジュン≫」
反射的にスタンも詞を唱えるが、ローレンの力に押されて壁に叩きつけられてしまった。低く呻きながら壁からずり落ち、スタンは咳き込む。
「無駄な抵抗はしないでください。大事なパーツが傷ついては困る」
「無茶なことを……」
言いながらスタンは立ち上がり、ローレンに手を向けた。
「|氷≪ヒョウ≫・|槍≪ソウ≫」
「|炎≪エン≫・|壁≪ヒャク≫・|爆≪バク≫」
床から盛り上がった壁がローレンを囲い、その周りを炎が包んでスタンが放った氷はあっけなく溶けていく。同時にスタンの周りで爆発が起きた。|守≪シュ≫の効力が続いていたおかげで致命傷は避けられたが、それでも爆風にスタンは吹き飛ばされた。
「……まともな詞が使えないなんて、まったくの嘘っぱちじゃないか」
頭から血を流しながらスタンは呟いた。どう考えても詞勝負でローレンに勝てる気はしない。防御と攻撃の詞を同時に唱えるなど聞いたこともない。それをローレンは軽々とやってのけるのだ。なんとかしてこの場から逃げ出さなければ。しかし、ローレンに隙はなく、そう簡単に逃げられそうもなかった。




