イストンの里(5)
里の代表者達の話し合いの結果、結界の基点を見せて貰う許可が下りた為、その日の夕方に俺とオーキがネクスに呼ばれた。そして、
「…これでよし」
「…凄い、ここまでの結界をこんなに早く…」
オーキが結界を張り直すのを横で見ていたフラクタは、その腕を目の当たりにして息を呑んでいた。
「これで暫くは大丈夫だと思います。それと、さっきも相談した通りに、仕様を変更してます。これで結界のグレードを損なわずに、構築を簡略化出来ます」
オーキはそう言うと、何かしらの書類を取り出してネクスとフラクタに渡した。
「この結界の仕様書です。これさえあれば、里の魔術士達でも結界の張り直し含めたメンテナンスが出来ると思います」
「なんと…いやぁ驚いた。人間にこれ程の使い手がいるとは」
仕様書に目を通しながら、ネクスは驚嘆した。
「ありがとうございます、オーキさん。 まだ学生だと聞いたのに、これ程の腕前とは…師匠に比肩するレベルです」
「いやぁ、アンタの師匠の方が凄かったっすよ。この手の魔術じゃ、俺より格上だって思い知らされたからな…にしても」
オーキはそう言って、結界の基点に視線を向けた。
「こんな結界、必要無くなる日が来ると良いんだけどな…」
「…そうですね」
オーキの言葉を聞いて、フラクタは微笑みながら返した。
「里長!! 大変です!!」
そこに、誰かが声を上げながら飛び込んできた。
「何事だ?」
「五大各国とその周辺の魔族の侵攻が始まったと情報が!! セレニアを除いた主要国が攻撃を受けているとの事です!!」
「何じゃと!!?」
「ここは結界で隠されてますが、このままではいつ発見されるかわかりません!!」
「やばい…最悪なタイミングで張り替えちまった…!!?」
話を聞いていたオーキの顔色は青ざめる。
このイストンの里の結界は、周りから隠す結界であり、阻む結界ではない。これは、イストンの方針で敢えてそういう仕様になっており、オーキもその意を汲んでそのままにしてある。
そして、何より不味いのは、侵攻のタイミングで結界を張り替えてしまった事。
張り替える時、少しの間だけ結界は無くなり、その間は無防備となる。以前から人が出入りしている話も、少なからず知られているだろうし、もしかしたら侵攻中の魔族達に見られている可能性が充分に考えられる。
もし見られてしまえば、普通に侵入を許してしまうだろう。
ルクスブルグの件で、魔族達の反人間ムードが強まっているのは予想出来た。しかし、
(よりにもよって、同時攻撃なんて…!!)
この里は放っておけないが、だからと言って他の国も見過ごせない。特に、まだ復興の兆しも見えていないアイオーンは、今度攻撃を受けたら間違いなく終わりだ。
「オーキ!! 俺ディンを探してくる!! オーキは…」
「その必要は無い」
いつの間にか、ディンはそこに居た。
「グランディン様…」
「魔族の侵攻が始まったのは聞いている。作戦を練るぞ」
俺達の練った作戦はこうだ。
と言っても、作戦という程の物ではなく、ただ俺一人が帰還魔術を使って国々を回るというだけであり、その間はディン達にこの里を守ってもらう。
それを聞いたソニアは、当然反対した。
「そんなの無茶です!! いくらクウゴさんでも…!!」
「ソニア…この里も襲われる可能性がある以上、誰かが残って守らないといけない。だから…」
「でも…!!」
「大丈夫、帰還魔術の魔方陣をこの里にも設置したから、やばくなったらすぐ逃げるよ」
「むぅ…わかりました」
こうして、ソニアを無理矢理説き伏せた。そして、俺はディンに向かって声を掛けた。
「ディン…お前に聞きたい事がある。お前はここに来て、かなり悩んでいたみたいだけど」
「…」
「この里には魔族だけじゃなく、人間もいる。今のお前は戦えるか? あんだけ嫌っていた人間の為に…」
「我は…まだ答えを得ていない。自身の憎しみに、どう向き合っていくべきか…だが」
ディンは俺の事を真っ直ぐに見て、こう言った。
「だからこそ、この里は潰される訳にはいかないと思った。ここに、我の答えがある、そんな気がしたからな」
「ディン…」
「だからクウゴ…貴様も死ぬな。貴様との決着は、我が答えを得たその先にあるのだからな」
ディンのその言葉を聞いて、俺は思わず笑みを零した。そして、
「お、おい!! クウゴ!?」
俺はディンの、首輪を外した。それを見たオーキが驚き声を上げた。
「…もう、必要ない気がしたからな」
「良いのか? いつ貴様の寝首を掻くかわからんぞ?」
そう言って、ディンがほくそ笑むと、
「いつでも来いよ」
俺もそう言って、笑みを返した。
「じゃあ、里の事は頼んだぞ」
「ふん、言われるまでも無い、早く行け」
「ああ、じゃあ、行ってくる」
俺はそう言って、帰還魔術を起動した。まず目指すは、アイオーンだ。




