幻想の街(3)
ディンの話によると、こうだ。
俺はどうやら、何かしらの術によってこの『街』に引き込まれたらしい。そして、その術士により『役割』を与えられ、この街の住人として生活していた、そういう事だ。
恐らく、グラナ王国の人間が姿を消していたのは、これが原因だろう。その術を使った何者かによって、グラナの人間はこの『街』で生活していたのだ。本来の記憶を忘れ、与えられた役割に準じて。
俺が思い出せたのは、ディンの攻撃に対し、咄嗟に反撃する為に無意識に勇者紋を起動したからだ。その時の魔力により俺を対象とした術が打ち消され、役割から解放されたのだった。
「やれやれ、この程度の術中に落ちるとは情けない、勇者の名も堕ちたものだな…」
ディンが心底呆れたと言わんばかりの表情で、肩をすくめながら言った。
お前も引き込まれてる癖にと俺は思ったが、言うとまた喚き散らして面倒なので、俺はその言葉は呑み込んだ。
「他の奴らも引き込まれてる可能性がある。早いとこ捜すぞ」
ディンがそう言うと、俺は頷いた。すると、俺は一つ提案した。
「…それなら一つ、心当たりがある」
そして路地裏から出て、俺達はその心当たりのある場所へ向かった。
「ここだ…」
俺の家だ。正確には、この街で役割を与えられた俺の家。
俺はディンに家の前で待って貰い、その戸を開けた。
この街での俺は、どうやら妻がいる様で、そしてその妻というのが、
「お帰りなさい。今日は随分遅かったのね♡」
ソニアだ。帰宅した俺に笑顔で迎えてくれた。
「…ああ、ちょっとな…」
俺はそう返すと、俺の足下に一匹の猫が駆け寄ってきた。近づいてくると、その猫パンチで俺の脚を何度も叩いてくる。
リインだ。この街では竜ではなく、猫である。
「ん」
ソニアはそう言って、唇を尖らせて顔を突き出してきた。
「おかえりの、チュー♡」
「…」
見るに堪えない。俺はそう思って、魔力を流してその役割から解放した。
その後、記憶を取り戻したソニアが余りの恥ずかしさに悶絶し、数刻の間落ち着くことは無かった。
「私、何て事…」
平静さを取り戻したソニアが、食卓に突っ伏している。その顔は未だに耳まで真っ赤である。
ソニアとリインの記憶を戻すと、俺はディンを家に招き入れ、話し合い始めた。
「さて、後はオーキだけだが、誰か心当たりは…」
「呼んだか?」
声が聞こえた方を見ると、いつの間にかそこにはオーキがいた。腕を組み、開いたドアの枠に持たれる様にして立っていた。後、なぜかエプロン姿。
「どうやらこれで、みんな記憶が戻ったみたいだな」
オーキがそう言うと、1枚の封魔のカードを取り出し、魔力を解き放った。
すると、オーキの服はエプロン姿から変化していき、いつもの服に戻っていった。
「オーキ、お前もしかして…!」
「魔術士たる者、あらゆる事態を想定して備えるべし…この手の術の対策はしてたって事だ」
オーキはグラナに来る前に、エルーシャ王の話から、ある程度この様な事態を想定していたらしい。街に引き込まれるのは回避出来なかったが、役割を与えられ記憶が消えるのは、事前の対策によって回避していたようだ。
なので、オーキは役割が与えられたフリをして、この街で過ごしていたのだ。
「だからずっと見てたぞ、お前らが仲良く夫婦やってるのも、そこの没落魔王が途方に暮れて街を彷徨ってるのも」
「なっ!?」
「誰が没落魔王だ貴様!!」
オーキの発言に、ソニアは顔を赤くして更に悶え、ディンは激昂してオーキの胸ぐらを掴んできた。
「ていうか、その対策俺らにもしといて良かったんじゃないか?」
そう言って俺は、ディンを宥めながらオーキから引き離そうとする。
「悪いな、この対策1人用なんだ」
と。どこぞのキザなドラ息子を思わせる発言で返してきた。
「それより、俺は役割を与えられたフリをして、この街について調べてた訳だが、色々とわかった事がある…それらを、共有したい」
神妙な面持ちで、オーキは話し始めた。




