決断(1)
「なっ…!!?」
俺の言葉を聞いて、オーキとディンは絶句した。
そして、ディンが俺に詰め寄り肩を掴んできた。
「クウゴ!! 貴様本気か!!? 此奴を見逃すと、そう言うのか!!?」
「…ああ。ここでこうしてコイツと話すまでは悩んでたけど、今、決めた」
俺はそう言うと、グランディンに視線を戻した。
「お前…何のつもりだ…? 俺を殺さない…だと?」
「ああそうだ。今こうしてお前と話してわかった。お前も…憎しみに囚われてるんだってな」
「クウゴ…貴様」
「俺は100年前…この世界に召喚されて、人々に頼まれて魔族と戦ってた。それが、平和への道だと信じてな…
でも、その100年後の世界に来て、世界は相変わらず争いがあって、新たな痛みと憎しみが生まれ続けていた…それは、争いを捨てなかった俺達『当事者』の責任だ」
再びこの世界に来て、俺はずっと悩んでいた。100年前、俺はどうすれば良かったのか。そして、俺はこの戦いの果てでどうすれば良いのか。
あの時は見えなかった物を、今回の旅の中でこうして見ていきながら、俺はその答えをずっと探していた。
そして、俺はその答えを漸く見つけた。
「今、この場でお前の憎しみに目を瞑れば、それこそ100年前の繰り返しだ。仮にも魔族の長のお前を、怒りに任せて殺せば、魔族達の怒りは消えず、また多くの禍根を残す事になる…例えお前が偽者の魔王でもな」
俺はそう言って、イリスを鞘に収めた。
「だからグランディン…俺はお前を殺さない。この言葉は戦いに勝たないと言えなかった。だから俺は、ここまで戦ってきたんだ」
「…何故だ?」
「?」
「何故、許せる? 俺はお前の女を殺した…なのに何故だ!! 大事な者を奪われて何故許せる!!? お前にとって、あの女はその程度のものだったのか!!!?」
グランディンががなり立てる。それを聞いたディンもオーキも顔に怒りを顕わにし、今にも殺しに掛かりそうな剣幕だ。
そして、痺れを切らしたディンは、俺の前に出た。
「貴様!!」
ディンがグランディンの髪を掴み無理矢理起こすと、魔剣を振り上げた。そして、
「ごふぅ!!」
俺はディンが魔剣を振り下ろす前に、グランディンを顔を殴り付けた。
「許す訳ねぇだろ!! お前の事!!」
抑えていた怒りが漏れ出し、俺は思わずグランディンを殴り倒してしまった。そんな俺を見て、ディンもオーキも固まっていた。
「お前は…ソニアを殺した!! それだけじゃねぇ、お前の所為で多くの人間も、魔族も死んだ、俺はお前を一生許すつもりはねぇ…!! だけど!!」
俺はグランディンを睨みつける。そして、こう言った。
「だけど、決めたんだ!! この痛みも、憎しみも、乗り越えて行くって!! これからの…この先の世界で、俺や、お前みたいな奴を生み出さない為にも、俺はお前を殺さない!! 俺は、この痛みと共に生きていく!!」
ソニアを失った時、俺は悲しみと憎しみにより強い痛みに苛まれ、悶えた。もう二度と味わいたくないとさえ思った。
しかし、それと同時に、この痛みを誰にも味わって欲しくないとも思い、俺は決断した。
俺は、この痛みと共に生き、これからの世界で痛みを生み出さない為に生きると。
誰かの為に、この痛みに耐え続けて生きると。
意味がわからなかった。この目の前の勇者の事が。
何故、そこまで出来る。何故、他者の為にここまで堪えられる。
人は醜い。他者を理解しようとせず、他人など知った事かと平気で傷つける。俺が今まで見てきた奴等は皆そうであり、俺は嘗てその事に絶望した。
しかし、この男はそんな奴等とは違っていた。他者を理解しようとする事を諦めず、その言動はどこまでも他者の為だった。
本当に、この男は人間なのだろうか?
「お前は…人間なのか…?」
思わず俺の口に出た問いに、クウゴは頷いて答えた。
「人間だよ。借り物の力が無ければ何も出来ない、導いてくれる人が居なければ戦う事も出来ない、そして…誰かが手を引いてくれなければずっと自分を責め続けてる、只の人間だ」
「…お前にもう一つ聞きたい、俺は今まで嘘を言ってるのかも知れないぞ? それでも、信用出来るのか? 俺の言った事を信じれるのか?」
「信じるよ。だって俺は…勇者だからな、人も世界も、お前の事も諦めたくない。だから、お前から零れた痛みの声を俺は信じるよ」
「!!」
クウゴの言葉を聞き、俺は思い出した。父と母の記憶を。
城の人間や街の住人達から俺の力を気味悪がられ、俺は孤独感に苛まれていた。そんな俺を愛してくれた父と母に問うた事があった。何故、自分を愛せるのかを。そして、
「お前を信じてるからだよ、フリクト」
両親達は、そう答えてくれたのだ。
「…そうか、そうだな。お前みたいな人間もいるんだったな」
そう言うと、俺の口からは自然と笑みが零れた。




