失意の底で(4)
「イエグロス…」
ハウレンの話を聞いたディンは、影の差した表情を浮かべながらその名を呟いた。
「その後、イエグロス様は我々剛剣隊と共に魔王軍に加わった…しかし、人間の国々の侵攻に参加したが、どこか乗り気では無かった…」
「そりゃあ偽者が取って代わった魔王の下で、やる気なんて出る訳無いわな…」
イエグロスの心中を察し、俺はそう言葉を述べた。
そして、ハウレンはディンの方を向いて、話を続けた。
「…貴女は里で戦った時から、イエグロス様について良く知っていた。まさか、貴女が…!!」
「…そうだ。クウゴ達がエルーシャでイエグロスと戦った後に、我は復活した」
「やはり…!! そうとは知らず、我々は度重なる失礼を…!!」
ハウレンはディンが本物のグランディンと知るや否や、深々と頭を下げた。そして、後ろの隊員達も同様に。
「よせ止めろ!! 貴様等から頭を下げられる筋合いは無い!! イエグロスを失意の底に沈めたのは我の責任だ…貴様等に謝るべきは我の方だ!!」
ディンがそう言い放つと、ハウレン達がゆっくりと頭を上げた。そして、ディンは続けた。
「ハウレン…貴様等に協力して貰いたい。このままではあの偽者の思うがまま戦争が始まる…そうなれば、魔族も人間も、両方が危うくなる…だから、頼む!!」
「はっ!! このハウレンと剛剣隊一同、貴女に忠誠を誓います!! イエグロス様の分まで!!」
そうして、ハウレン含めた剛剣隊一同が、ディンに向けて跪いた。
「取り敢えず、ここからなら一番近いのは俺ん家だ。ハウレン、アンタらは俺ん家で匿う事にする。付いて来てくれ」
ハウレン達をセレスワイズ邸に送り、両親に相談して匿って貰う様に言いつけると、俺とディンは拠点に戻った。
「…は?」
拠点の街の平屋に戻る頃には、日はすっかり沈んでいた。そして、真っ暗な中の食卓には、蝿帳籠を被せられたトレーが載っていた。
ディンはそれを見るや、クウゴの客室の扉を乱暴に開けた。
「…ディン?」
クウゴがいた。ベッドの上で膝を抱えてうずくまっており、ディンが入ってきたのに気付いて顔を上げていた。
そうしてディンが大股でクウゴに近付き、そして、
「ぐほぁっ!!!?」
クウゴの左頬を右の拳でぶん殴った。
「え…!? な、何…!!?」
何で殴られたのか理解出来ないクウゴが頬を抑え硬直する。そしてディンはそれに構わず、クウゴの胸倉を掴んで引き寄せて更にもう一発殴り付けた。
「貴様という奴は…!! 我が、どれ程…!!」
目に涙を浮かべながら激昂するディン。そして、馬乗りになりながらクウゴに向けて何発も拳を振るった。
「止めろディン!! クウゴを殺す気かよ!!?」
見かねたい俺は、ディンを羽交い締めにしてクウゴから引き剥がした。
「煩い!!貴様は、貴様はぁ!!」
そして涙目のディンを抑えていき、漸くディンが落ち着いた頃、俺達は食卓を囲んで話を始めた。
「要するに、お前の早とちりが原因じゃねぇか、ディン」
オーキが呆れた表情でディンに言うと、ディンが顔を真っ赤にして食卓を叩いた。
「う、煩い!! そもそも此奴があの時我に声を掛けておけばこんな事には…!!」
「いや、お前がそもそもちゃんと確認すれば良かっただろ? クウゴ殴られ損じゃねぇか」
「くっ…!!」
「…いや、いいよオーキ。心配掛けてたのは事実だし…ディンも、ごめんな」
「…フン」
俺が謝罪すると、ディンはばつが悪そうにそっぽ向いた。
「…そんで、お前はもう大丈夫なのか?」
「…ああ、ディンも加減はしてくれたみたいだからな、特に大した怪我は…」
「馬鹿そっちじゃねぇよ、心の方の話だ」
「…そっちも、大丈夫だ。あれから色々悩んで、どうにか踏ん切りがついた」
「…そうか」
「…オーキ、済まなかった。お前が居ない間、俺の所為で…」
俺がそう口走ると、ディンがその口にトレーの上のサンドイッチを突っ込んできた。
「もごぉっ!!?」
「さっき小童と話をしてたんだ。これからは『俺の所為』と言うのは禁止にする」
「まぁ、言うとは思ってたけどな」
ディンとオーキが続けざまに言うと、俺は口の中のサンドイッチをどうにか飲み込み、もう一度前に向き直る。
「今回の事は色々な要因が重なって起きた結果、つまりは『俺達の所為』だ。だから、お前は一人で抱え込むな」
「そう言う事だ。それよりも貴様、碌に飯も食ってなかったろ? それはこの我が折角用意したんだ。心して食えよ?」
「オーキ…ディン…」
俺は、トレーの上に置かれていたすっかり冷め切ったスープを飲んだ。そして、
「…塩が多いな、凄くしょっぱい」
「あぁん!!?」
ディンが俺の言葉を聞いて威圧してきた。しかし、俺の顔を見た途端に、
「…そうだな」
と言って、すぐに引き下がった。




