第九十九話
重く沈みきった空気を、ほどいたのは――あまりにも小さな声だった。
「……私が悪いの」
誰に向けたわけでもない。
けれど確かに、全員に届く声。
ミアは俯いたまま、指先をきゅっと握りしめていた。さっきまで空を駆けていたその手は、今はひどく小さく見える。
「ユエリーにも、ニチカにも……まだ話していないことが、たくさんある」
言葉を選ぶように、ひとつひとつ。
逃げないように、噛みしめるように。
ナギも、ニチカも、そしてユエリーも――誰も口を挟まない。
ただ、その先を待つ。
ミアはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、普段の柔らかな光ではなく、どこか決意を帯びている。
「私の目……星眼にはね」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
それでも、逸らさない。
「……全ての力を制圧する力がある」
静かに落とされたその言葉は、あまりにも重かった。
「最上級の魔眼なの。全ての魔力の構成を読み取って……千里万里を見渡して……」
ほんのわずかに、声が揺れる。
「人の心すらも……操れる」
その場の空気が、ぴたりと止まる。
誰も動かない。
誰も、軽く受け止められる内容ではなかった。
ミアは視線を落とし、フードの端をそっと握る。
「だから、いつもこうして隠してるの」
深く被ったフード。
その奥にあるものを、決して見せないように。
「見せたら……終わるから」
何が、とは言わない。
だがその一言で、十分すぎるほど伝わる。
そして――ミアは自分の胸元に手を当てた。
「それに、この身体……」
小さな身体。
まだ五歳の、幼い器。
「中にはね……宇宙と繋がるくらいの、魔力が入ってるの」
あまりにも現実離れした言葉。
だが、誰も否定しない。
さっき見せた魔法も、空での反応も――すべてが、その言葉を裏付けていた。
「私が魔女なのに、魔法を上手く使えないのは……そのせい」
苦く、笑う。
「制御が、できないの」
指先が、わずかに震える。
「小さな火をひとつ灯すだけでも……調整を間違えたら、どうなるか分からない。空間魔法や転移魔法くらいしか、使えない。」
それは恐怖だ。
自分自身に対する。
力ではなく、“暴発”に近い何か。
ミアは一度、息を吸った。
そして、最後の言葉を紡ぐ。
「私の貴色は、白」
その声は、どこか遠くを見るようだった。
「白ってね……全部の色を合わせると生まれる色なの」
ゆっくりと、確かめるように。光の三原色。真ん中の色は白。
「だから私は……全部の属性の魔法を使える」
一拍。
そして、続く。
「……同時に、使えない」
矛盾した言葉。
だが、その意味は明白だった。
「世界を、壊してしまうから」
ぽつり、と。
それ以上でも、それ以下でもない事実として。
その場に、再び沈黙が落ちる。
だが今度の沈黙は、先ほどとは違う。
“知らなかった”重さではなく、“知ってしまった”重さ。
ニチカの指が、わずかに動く。
ナギは目を伏せたまま、何も言わない。
ユエリーは――ただ静かに、ミアを見つめている。
逃げも、揺らぎもなく。
そのすべてを受け止めるように。
そしてミアは、その視線の中で、初めてほんの少しだけ――不安そうに、息を吐いた。




