第九十二話
繋いだ掌が、あまりにも柔らかくて、小さかった。
その感触に触れた瞬間、ニチカはほんの一瞬だけ息を呑んだ。
指先に伝わる温もりは、頼りなくさえ思えるほどに繊細で、少し力を込めれば壊れてしまいそうなほど儚い。それはまさしく、護られるべき存在の象徴のようで――
(なんて、稚い)
心のどこかで、そう思う。
あまりにも小さく、あまりにも無防備で。
だが同時に、その掌は、確かに温かかった。
じんわりと伝わってくる熱が、冷えた内側を溶かしていくようで。
――護る側のはずなのに、
ふとした瞬間、こちらが護られているような錯覚に陥る。
そんな矛盾を孕んでいた。
ミアは、すでに深い眠りの中にある。
無防備に、何の警戒もなく。
それでもこの場にいる誰よりも強く、誰よりも揺るがない存在であることを、ニチカは知っている。
だからこそ――気づかないはずがなかった。
ほんの一瞬。
瞬きの間にも満たないほどの刹那。
隣から、鋭い気配が走ったことに。
ユエリー。元龍王。
その本質が、わずかに牙を覗かせた。
殺意。
それは決して大きなものではなかった。
むしろ、極限まで抑え込まれ、研ぎ澄まされた“点”のような気配。
だが、それだけで十分だった。
常人なら気づきもしない。
だがニチカは違う。それを“感じ取れる側”にいる。
(……なるほどね)
目は閉じたまま、思考だけが静かに巡る。
理由は明白。
この距離。
この状況。
そして、自分の立ち位置。気に入らないのだろう。
当然だ、とも思う。だが――
(だからどうした)
わずかに、握る手に力を込める。
逃がさないように。確かめるように。ミアの温もりは、そこにある。
変わらずに。
揺るがずに。
ユエリーの気配は、それ以上強まることはなかった。
むしろ、すぐに消える。
理性で押し込めたのだろう。
主の眠りを乱すことだけは、決して許されない。
その一点で、彼は完全に制御している。
だからニチカも、何も言わない。
目を開けることもない。
ただ静かに、同じように眠りのふりを続ける。
均衡。
危うく、しかし確かに保たれている距離感。
その中心で、何も知らずに眠る小さな存在だけが、すべてを繋ぎ止めている。
やがて、思考もゆっくりと沈んでいく。
温もりを手放さぬまま、警戒を解かぬまま、それでも抗えない眠りに引き込まれていく。
静かな夜の中で、三人はそれぞれの想いを抱えながら、同じ夢の底へと沈んでいった。




