第九十話
「じゃあこうすればいい」
ミアのその一言に、嫌な予感を覚えた者は少なくなかった。
そして案の定――完成したのは、川の字。
しかも、ただの川の字ではない。
キングサイズの寝台の中央にミア、その両側にニチカとユエリーという、誰がどう見ても“地獄絵図”としか言いようのない配置である。
「……ははっ」
ナギはとうとう堪えきれず、腹を抱えて笑い出した。
「これ最高だろ……!」
老師も肩を震わせながら、
「自業自得だな」
と楽しそうに呟く。
当事者たちは笑えない。
「……屈辱だ」
ニチカは内心でそう呟いた。
本来ならば、ミアの隣は自分であるべきではないのか――そんな思考がよぎらなかったわけではない。
だが現実は、もう片側にあの龍がいる。
しかも距離が近い。
近すぎる。呼吸すら感じる距離。だが、
(……まあいい)
ちらりと横を見る。
ユエリーの表情。
それを見て、少しだけ溜飲が下がる。
――明らかに不機嫌だった。
「……わたしと主の愛の巣に」
低く、押し殺した声。
「穢れが入ってきた」
ぼそりと呟く。
完全に不服である。
ニチカは内心で小さく勝利を確信した。
(ざまあみろ)
言葉には出さないが、顔には少し出ている。
「ユエリー」
ミアが、すぐにそれをたしなめる。
「そういう言い方しないの」
やんわりと、しかし確実に。
“主”としての声音。ユエリーは一瞬だけ言葉を飲み込み、
「……すまぬ。」
と渋々引き下がる。
だが納得はしていない。
視線が雄弁に語っている。その一方で、ミアは反対側のニチカへと手を伸ばした。
きゅ、と小さな手が握る。
「大丈夫?」
気遣うように。
ニチカは一瞬驚いたあと、
「……うん」
とだけ答えた。
その一言で、さっきまでの苛立ちが少しだけ和らぐ。
単純だと自分でも思う。だが、それでいいとも思う。
しばらくして――ミアの呼吸が、ゆっくりと整い始める。
すう、すう、と小さな寝息。あっという間だった。
真ん中で無防備に眠る小さな主。
その両側で――空気が、重い。
ニチカとユエリー。
互いに視線を向けるわけでもなく、しかし完全に意識し合っている。微動だにしない緊張。
まるで、どちらが先に折れるかの無言の戦いのようだった。
その様子を、少し離れた場所から眺めながら、ナギがぼそりと呟く。
「……俺だったら、すげぇ寝づらいけどな」
心底どうでもよさそうな感想。
だが的確でもある。誰も返事をしない。
というより、できない。
やがて――その緊張も、ゆっくりとほどけていく。
ミアの体温と、規則正しい寝息が、少しずつ空気を和らげていく。
ニチカは目を閉じる。
ユエリーもまた、静かに呼吸を整える。
それぞれに思うところはありながらも、抗うことのできない眠りが、そっと降りてくる。
雪は、変わらず降り続いている。
庵の中、灯りは落ち、静かな夜がすべてを包み込む。
そうして三人は――それぞれの思惑を胸に抱えたまま、ゆっくりと夢の中へと沈んでいった。




