第八十九話
だからいちいち、この龍はずるい。
夜も更け、そろそろ眠りにつく時間になった頃――
ニチカは“それ”を知ってしまった。
そして、固まった。数秒の沈黙ののち、にこり、と笑う。――怖いやつだ。
「……なに?」
静かすぎる声で、問いかける。
ナギは嫌な予感しかしなかった。
「この新婚夫婦みたいな寝台」
指差す先には、堂々たるキングサイズのベッド。
しかも、無駄に立派な天蓋付き。
「いらなくない?」
間髪入れず畳みかける。
「こいつそんなに寝相悪いの?ねぇ?」
視線はユエリーへ。
「天蓋いる?」
止まらない。
「そもそもさあ、なんで一緒に寝てるの?」
止められない。
「なんでそんな当たり前みたいな顔してるの?」
勢いが増していく。
「こんな危ないヤツに同衾許してどうするよ?」
指を突きつける。
「間違い起きたらどうすんの?」
「犯罪なんだけど?」
「犯罪の匂いしかしないんだけど!?」
完全にヒートアップである。
鬼の形相。
目が据わっている。
そしてなぜか、その矛先は――
「なんで止めないの!?」
ナギへ。
「え、俺!?」
完全にとばっちり。
スケープゴートである。
「いやだってあれはもうそういう流れっていうか慣習っていうか――」
しどろもどろ。
助けを求めて老師を見るが、
「知らん」
の一言で切り捨てられる。
冷たい。その間にも、
「おかしいでしょ!?どう考えてもおかしいでしょ!?」
ニチカは止まらない。だが――
「間違いなど起きるものか」
低く、落ち着いた声が割って入る。
ユエリーだ。
腕を組み、微動だにせず。
「お前と違ってな」
ぴしり、と一言。完全に火に油である。
「は?」
ニチカの笑顔が消えた。
「今なんて言った?」
空気が凍る。
ナギが「うわぁ」と小さく呟いた。
しかしユエリーは一切動じない。
「主を守るのは当然だ」
堂々と言い切る。
「同衾もその一環に過ぎん」
理屈としては通っている。
だが火に油。
「それを危険視する方がどうかしている」
さらに追加。
「失礼な話だ」
完全に追撃。
「お前が一番危ないだろうが!!」
ニチカ、爆発。
ナギが頭を抱えた。
「だからやめろってこの流れ!」
だがもう遅い。
言い合いは完全にヒートアップしている。
その横で――ミアは、ぽかんとしていた。視線を行ったり来たりさせながら、
「……えっと」
状況を理解しきれていない顔。
そして、
「ただ、寝るだけだよ?」
と、素直に一言。
場が、一瞬で静まった。
ニチカの動きが止まり、ユエリーもわずかに言葉を失う。ナギが吹き出した。
「だよな」
あまりにもシンプルな結論。
老師は肩を震わせて笑いを堪えている。
ニチカは数秒固まったあと、
「……それはそうだけど……」
と、急にトーンダウンした。
勢いのやり場を失った顔である。
ユエリーは咳払いひとつ。
「理解したならいい」
とだけ言って、ミアの隣に当然のように立つ。その様子に、ニチカはじっと視線を向け――
「……やっぱり納得いかない」
ぼそりと呟いた。
ナギが肩を叩く。
「まあ、慣れろ」
「慣れたくない」
即答だった。
こうして――予想通りの混沌は、いつも通りの形で、夜の庵に広がっていくのだった。




