第八十八話
お正月様の来訪から、しばし。
張り詰めていた空気もすっかりほどけ、石の庵には再び、人の営みの温もりが戻っていた。
そして――
「せーの!」
ナギの掛け声を合図に、
「ハッピーバースデー!」
声が重なる。
パンッ、と軽快な音が響き、クラッカーが一斉に弾けた。
紙吹雪がふわりと舞い、火の灯りを受けてきらきらと揺れる。
その中心で、ミアは一瞬きょとんとして、すぐに、ぱっと顔をほころばせた。
「わあ……」
卓の上には、大きなケーキ。
クリスマスのものよりも、さらに一回り大きい。
ふんわりと焼き上げられた生地に、丁寧に塗られたクリーム、控えめながらも彩りよく飾られた果実。
そしてその中央には――
『ミア 5歳』
と書かれたプレートが、少し不格好に乗っている。
その“手作り感”が、妙に温かい。
「やれやれ……」
腕を組みながら、老師が小さく息をつく。
「一体何歳まで祝わせてくれるのか」
ぼやくように言いながらも、その目はどこか柔らかい。このケーキを作るのにどれだけ手間をかけたのか、想像に難くない。
「いいじゃん、めでたいことは何回あっても」
ナギが軽く肩をすくめる。
「そういう問題か……」
老師は苦笑するしかない。
ニチカはケーキをじっと見つめてから、
「……すごいね」
と素直に言った。
「これ、全部一人で作ったの?」
「まあな」
短く答えるが、どこか誇らしげでもある。
その横で、ユエリーは腕を組みながら静かにミアを見ていた。
騒ぎの中心。祝福の真ん中。
それを当然のように受け取っている、小さな主。
「ほら、主役」
ナギがナイフを手渡す。
「切らないと始まんないぞ」
ミアはそれを受け取り、
少しだけ大事そうに構える。
「……なんか、すごいね」
ぽつりと漏らす。
祝われることに慣れていないわけではない。
けれど、この“ここでの祝われ方”は、どこか特別だった。
「いいから切れって」
ナギが急かす。
「うん」
小さく頷いて、ナイフを入れる。ふわりとした感触が、手に伝わる。
その瞬間、またひとつ、確かに時間が進んだ気がした。
五歳。
たったそれだけの数字。
けれどその中には、いくつもの出来事と、いくつもの出会いが詰まっている。
切り分けられたケーキが、それぞれの手に渡っていく。
甘い香りが、庵の中に広がる。
笑い声。軽口。ささやかなやり取り。
すべてが混ざり合って、ひとつの夜を形作っていく。
その中心で、ミアはもう一度、ふっと笑った。
「……ありがとう」
誰に向けたのかも曖昧なまま、ただ、確かに。その言葉は、ちゃんと届いていた。




