第八話
結局、最も被害が少ない、という極めて消極的な理由によって、ミアは冥王閻魔の腕の中へ収まることになった。
老師としては「まあ昔からこうだったしな……」くらいの顔をしている。
閻魔は盛大に顔をしかめていたが、拒否はしなかった。
むしろ拒否できなかった。
眠気の限界だったミアは、抱き上げられるや否や、すぐに冥王の胸元へ額を預ける。
真珠色の睫毛がゆっくり閉じていく。
呼吸が静かになる。
そして数十秒後には、本当に寝た。
会議場へ戻る途中の回廊で、である。
四王たちはしばらく無言だった。
あまりにも無防備。
あまりにも自然。
まるで冥王の腕の中最初から定位置だったみたいに眠っている。
閻魔は片手で額を押さえ、深いため息を吐いた。
「……おい」
「何で此奴は、転生してもこんなに警戒心がないのだ」
老師が肩を竦める。
「お前相手だからだろ」
「余計たちが悪い」
ぼそりと返す声音は低い。
だがその手つきは妙に丁寧だった。
眠るミアの頭がずれないよう、無意識に支えている。
セルジュがその様子を覗き込み、ふわりと笑った。
「あー、かわいい」
本気で楽しそうな声。
「何この生き物」
楼蘭は静かに視線を細めている。
龍としての本能なのか、あの星眼を持つ幼子から目を離せないらしい。
一方、轟焔は未だに顔をしかめていた。
魅了と支配眼が干渉した不快感が尾を引いている。
セルジュはそんな魔王を横目で見ながら、あっさりと言った。
「ぼくは嫁にしても構わないよ?」
一瞬、空気が止まる。
「面白そうだし」
冥王のこめかみが引き攣った。
楼蘭がゆっくり視線を向ける。
轟焔は盛大に顔をしかめた。
「……は?」
セルジュは悪びれない。
「だって退屈しなさそうじゃない?」
「世界壊しかねない危うさもあるし」
「星眼持ちで」
「魔力容量も異常」
「しかも冥王の馴染み」
そこでにこりと笑う。
「最高に面白い」
「お前の基準は大体世界に迷惑なんだよ」
轟焔が吐き捨てた。
だがその直後、魔王は自分の胸中へ浮かんだ感情に気付き、顔を歪める。
「……クソ」
低い声。
「しなきゃしねぇで嫉妬だと?」
誰へともなく呟く。
セルジュが目を瞬いた。
楼蘭も静かに視線を向ける。
轟焔は苛立たしげに頭を掻いた。
「自分の感情がままならんとは」
魅了眼。
支配眼でかなり相殺しているはずなのに、完全には切り切れない。
しかも厄介なのは、“恋情”ではないことだった。
もっと曖昧で、もっと原始的な感覚。
庇護欲。執着。手放したくないという感覚。
それを自覚してしまった瞬間、轟焔の機嫌は最悪になる。
閻魔が冷ややかに言った。
「だから真正面から見るなと言った」
「知るか」
轟焔は吐き捨てる。
「三歳児にあんな目が付いてると思うか普通」
その横でセルジュだけが楽しそうだった。
「いいなぁ」
「ぼくも抱っこしたい」
「やめろ」
冥王が即答する。
腕の中で眠るミアは、そんな騒がしさなどまるで関係ないみたいに、小さく寝息を立てていた。




