第七十八話
クリスマスイブの夜は、静かに、しかし確かな高揚を孕んで更けていった。
庵の中は、いつもとはまるで違う景色に変わっている。
天井近くまで届くような木の枝を据え、即席ながらも見事なクリスマスツリーに仕立て上げ、その枝には色とりどりのリーフや飾りが丁寧に結ばれ、灯りの代わりに小さな魔力の光が瞬いていた。ゆらゆらと揺れるそれは、まるで星を閉じ込めたようで、外の雪景色と呼応するように幻想的な空間を作り出している。
卓には、甘い香りを放つシュトーレンと、ふわりとした白いクリームに覆われたケーキが並び、普段の質実な食事とはまるで違う“特別”がそこにあった。
「こんなにやる必要あったか……?」
ナギがやや引き気味に呟くが、
「あるの」
ミアはきっぱりと言い切った。
その横顔はどこか誇らしげで、そして少しだけ懐かしさを含んでいる。
遠い記憶の中にあった風景を、自分の手で再現しているような――そんな静かな満足があった。
やがて、食事も終わり、笑い声もひと段落した頃。
いよいよ“その時間”がやってくる。
「はい、これ」
ミアが最初に差し出したのは、柔らかな毛糸で編まれたマフラーだった。
一人ひとり色も編み方も違う。
触れれば分かる丁寧さと、時間の積み重ね。
「みんなの分、作ったの」
少しだけ照れくさそうに笑う。
ナギは無言で受け取り、しばらくそれを見つめてから、
「……軽いな」
とぽつりと言った。
だがそのまま首に巻く動作は、妙にぎこちなくて、そして丁寧だった。
老師はというと、
「ほう」
と感心したように目を細める。
「こういうのは、いいもんだな」
短くそう言って、大事そうに肩へとかけた。
次に老師が差し出したのは、見慣れぬ形の魔道具だった。箱型で、片面に小さなレンズのようなものがついている。
「なんそれ?」
ナギが覗き込む。
「インスタントカメラを模した魔道具だ」
さらりと言う。
「撮った光景をそのまま記録して、このアルバムに残せる」
差し出された帳面は、白紙のページが並ぶ簡素なものだったが、その価値は計り知れない。
「思い出ってやつは、形に残しといた方がいい」
ぶっきらぼうに言うが、その声音はどこか柔らかい。
ミアはぱっと顔を輝かせた。
「すごい……!」
ナギも素直に驚いている。
「それ普通に欲しいやつだな……」
そしてナギは、少しだけ気まずそうに頭をかいたあと、自分の用意したものを差し出した。
「……急ごしらえだけどな」
それは皮のカバンだった。
無骨だが、しっかりとした作り。
実用性を重視した、ナギらしい贈り物。
「旅でも使えるだろ」
短く言う。
ミアは嬉しそうにそれを抱きしめた。
「ありがとう、ナギ!」
その無邪気な反応に、ナギは少しだけ視線を逸らした。
そして――視線が集まる。
最後の一人へ。
ユエリー。
彼はしばらく無言でその光景を見ていたが、やがて静かに立ち上がった。
「では、私からだ」
その声は落ち着いていて、どこか厳かだった。
差し出されたのは――
小さな、透明な結晶。
掌に収まるほどのそれは、内側に淡い光を宿している。まるで呼吸するように、ゆっくりと明滅していた。
「これは?」
ミアが首を傾げる。
ユエリーは一歩近づき、その小さな手をそっと取った。
そして、その結晶を重ねる。
瞬間――ふわりと、空気が変わる。
暖かい。
それはただの温度ではない。
安心感のような、守られているという確かな感覚が、じんわりと全身に広がっていく。
「私の神力の一部を封じたものだ」
静かに告げる。
「そなたがどこにいようと、これがあれば私は応じる」
逃がさないためではない。
守るため。
呼べば必ず届くという、絶対の保証。
「……過剰じゃない?」
ナギが引いた声を出す。
老師も無言で頷いた。
だがユエリーは意に介さない。
視線はただ一人へ。
ミアへ。
「主に捧げるものとしては、当然だ」
揺るがない声音。
ミアはしばらくその結晶を見つめていたが、
やがて、ふわりと笑った。
「……ありがとう、ユエリー」
その笑顔に、ほんのわずかにだけ、ユエリーの表情が緩んだ。
外では雪が降り続ける。
だが庵の中は、確かに暖かかった。
それぞれの想いが交差する、少し不思議で、少し歪で――それでも確かに“特別”な夜が、静かに更けていくのだった。




