第七十七話
「そういえばクリスマスの存在、ニチカに教えてなかったね」
ぽつりと、ミアが思い出したように呟いた。
窓の外では雪がしんしんと降り積もり、庵の中はいつもより少しだけ忙しない。卓の上には見慣れない料理の準備が並び、甘い香りと香ばしい匂いが入り混じっている。
遠い昔の、宗教に由来する祭り。
だがミアにとっては――
(イベントはイベントだよね)
それ以上でも以下でもない。楽しいものは、やる。それだけの話だった。
「ふーん、なんだそれ」
ナギが興味なさげに覗き込む。
ミアは手を止めずに答えた。
「えっとね、昔の聖人の誕生日をお祝いする日なんだけど、今はもうお祭りみたいな感じかな。ごちそう食べて、贈り物して、楽しく過ごすの」
説明としては雑だが、本質は外していない。
ナギは腕を組んで首を傾げる。
「誕生日……またか」
最近やたらと“誕生日”という概念を聞く気がする。
ミアはくすりと笑った。
「まあ、そういう日がいっぱいあるって思えばいいよ」
気軽なものだ。だからこそ、取り入れやすい。そして――
「……ニチカには教えてないんだよね」
ふと、手を止める。少しだけ考えるように視線を落とす。冬の旅の最中の少年を思い浮かべる。
今ごろどこにいるのか。何をしているのか。
「教えたら絶対来たがるよね」
ぽつりと呟く。それは、確信に近い。ナギは即座に頷いた。
「来るな。全力で」
断言できる。間違いなく。だが――
「さすがにクリスマスまでは待てないよね」
ミアは肩をすくめる。
冬は長い。
そしてイベントは“その時”にやるから楽しいのだ。
「まあな」
ナギも納得する。その背後で。
「……くく」
小さく笑う声がした。
老師である。
あからさまに、わざとらしく。
まるで何かを企んでいるような笑みを浮かべながら、オーブンの扉を開ける。
熱気がふわりと広がる。
中から現れたのは、こんがりと焼き上がった七面鳥。
皮は黄金色に輝き、肉汁がじゅわりと滲んでいる。
明らかに手間のかかった一品だ。
「ほらよ」
どん、と卓に置く。
「せっかくの“祭り”だ。形だけでも整えねえとな」
言いながらも、その目は笑っている。
完全に楽しんでいる。
「絶対わざとだよね」
ミアがじとっとした目を向ける。
「なんのことだ?」
とぼける。だが隠す気はない。
“ニチカがいない時にやる”。
それを分かっていて、あえて準備している。
「異世界の祭りなんざ、知らなくて当然だろうが」
肩をすくめる。
「聖人だの誕生日だの言われても、あいつにゃピンと来ねえよ」
理屈としては正しい。
だがその裏には――
(今のうちに楽しんどけ)
という、妙な気遣いが混じっている。
ユエリーは、その様子を少し離れたところから見ていた。
「……なるほど」
静かに呟く。
祭り。祝い。そして、贈り物。
番が楽しそうにしている。
それだけで、意味は十分だった。
「ならば私も用意しよう」
さらりと言う。
ナギがぎょっとする。
「は? お前もなんかやるのか?」
「当然だ」
迷いがない。むしろ当然の義務のように。
ミアは目を輝かせた。
「ほんと?なにするの?」
無邪気に期待する。
ユエリーは一瞬だけ考え――
「……最高のものを用意する」
それだけ告げた。具体性はない。
だが妙に確信に満ちている。
ナギが小声で呟く。
「嫌な予感しかしねえ……」
老師は七面鳥を切り分けながら、
「まあ見ものだな」
と、楽しげに笑った。
外は雪。
内は灯りと温もり。
そして、どこか少しだけ“ずるい”クリスマスが、静かに始まろうとしていた。




