第七十五話
囲炉裏の火が、ぱちりと弾けた。
外は深い雪。庵の中は暖かいはずなのに、なぜか空気だけが妙に冷える。
「なあ、あのロリコン今日もアイツと寝るつもりみたいだけど、止めなくていいのか?」
ナギが遠慮なく指を差す。
その先――ユエリー。
当の本人は、微動だにしない。
老師はというと、露骨に「面倒だな」という顔をした。
「……あいつはなあ」
短く刈り込んだ髭をさすりながら、視線を少しだけ逸らす。
「ミアの“今の姿”そのものに執着してるわけじゃねえはずなんだがな」
ぼそりと漏らす。
どこか納得しきれない響き。
「何考えてんだか、今は昔よりわかんねえんだよなあ」
本音だった。
千年単位で生きる龍の思考など、人の尺度で測れるものではない。
だがそれでも――
(……あれはあれで、ちょっと度が過ぎてる気もするが)
と、内心で付け足す。その時。
「ロリコンではない」
ぴたり、と言葉が差し込まれた。
聞こえていたらしい。
ユエリーが、ゆっくりと眉間に皺を寄せる。
不機嫌を隠す気はない。
「番の香りに包まれて眠るのが何が悪い?」
理屈としては、筋が通っている。
龍としては。完全に。だが――
「私はちょっと、その答え気持ち悪いなぁー」
即座に、ミアが切り捨てた。真顔で。
一切の遠慮なく。空気が、止まる。
ナギが吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。
老師は目を伏せて肩を震わせた。
ユエリーだけが、静止した。完全に。
「……気持ち悪い、と」
ぽつりと繰り返す。
声音に、わずかな衝撃が混じる。予想外だったのだろう。
真正面から拒絶されるとは。しかも、悪意なく。
ただの感想として。ミアは腕を組んで、うんうんと頷く。
「だって普通に寝ればいいじゃん」
至極まっとうな意見だった。
「なんでそんな理由つけるの?」
さらに追い打ち。純粋な疑問。
だからこそ、刺さる。ユエリーはしばし黙り込んだ。
言葉を探しているのか、それともダメージを処理しているのか。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……それとこれとは別だ」
結論は変わらない。
多少ぐらついても、根本は譲らない。
「私はそなたの傍で眠る」
きっぱりと断言する。
迷いがない。むしろ、少し意地になっている。
ミアはじっとその顔を見つめて、
「……むぅ」
と小さく唸る。完全拒否するほどではない。
だが納得もしていない。その中間で揺れる。
ナギが横からひそひそと囁く。
「お前が折れないとずっとこのままだぞ」
「うーん……」
考える。しばらくして、
「じゃあ、変なことしないならいいよ」
条件付きで折れた。
ユエリーの目が、わずかに開かれる。
「当然だ」
即答。
むしろ何を疑われているのかと言いたげだ。
ミアはじっと睨む。
「ほんと?」
「……ほんとうだ」
一拍置いての返答。
わずかに視線が逸れたのを、ナギは見逃さなかった。
「おい今間があったぞ」
「気のせいだ」
即座に切り返す。
だが説得力は薄い。老師がため息をつく。
「……まあいい、壊れなきゃそれでいい」
結論が雑すぎる。だが現実的でもある。
こうして、その夜もまた――妙な緊張感と、奇妙な均衡のまま、庵の一日は更けていくのだった。




