↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/88

第六十九話

地下へ降りた瞬間から、空気はすでに変わっていた。


石の壁に囲まれた六畳ほどの空間は、もともと簡素で、どこにでもあるような地下室に過ぎない。だがそこに立つ三人の気配が、あまりにも濃すぎた。


ニチカは静かに周囲を観察している。空間の広さ、構造、素材、そして――魔力の流れ。


ユエリーは何も言わず、ただそこに立つ。だがその存在そのものが、すでに“場”に干渉しているような圧を持っていた。


そしてミア。

小さな背中で、そのすべてを受け止めながら――


(……来るな、これ)


直感していた。

言葉にしなくてもわかる。

価値観の違う存在同士が、同じ空間にいる。


しかも狭い。


互いに“測ろうとしている”。

衝突しないはずがない。

だからこそ、ミアは先に動いた。


「――少しだけ、待っててね」


振り返りもせずに言う。声は軽い。

だが、その手はすでに動いていた。

空間に、指先で円を描く。


ひとつ。


ふたつ。


みっつ――


見えない層が、次々と重なっていく。

静かに、確実に。

まるで空間そのものに“膜”を貼るように。


防護結界。

それも一枚や二枚ではない。

干渉遮断、魔力拡散、圧力緩和、衝撃転移、術式分断――


性質の異なる結界が、何十層も重なり合い、地下室を包み込んでいく。


ニチカの瞳が、わずかに見開かれた。


(……これ、全部意味が違う結界か)


単なる防御ではない。


“制御”だ。


この空間で起こりうるあらゆる事象を、事前に押さえ込むための。


ユエリーは、わずかに目を細めた。


何も言わない。

だが理解している。


これは、自分たちに対する“制限”でもあると。

やがて、ミアの手が止まる。


「……うん、これで大丈夫」


くるりと振り返る。


いつもの笑顔。

だがその背後には、幾重にも重なった不可視の壁が確かに存在していた。


「さて、防護は終わり」


ぱん、と手を打つ。

空気を切り替えるように。


「つぎは収納魔法だよ」


あえて。

あえて、何も感じ取らないように振る舞う。


この場の重さを、意図的に無視する。

それが、ミアなりの均衡の取り方だった。

ゆっくりと、息を吸う。


足元に、淡い光が広がる。

術式の基盤が形成されていく。

言葉が紡がれる。


「定礎。この空間」


低く、しかしよく通る声。


空間が応答する。

石の壁が、床が、わずかに震える。


「展開。無限」


光が強まる。

円が重なり、幾何学模様が複雑に絡み合う。


通常ならば、この時点で限界が訪れる。


空間には“容量”がある。

それを越えれば、術は破綻する。

だが――ミアは、それを認めない。


「限界を我は定めず」


その一言で、前提が覆る。

世界のルールそのものに、干渉する言葉。


「無限の収納と定義する」


瞬間。

光が、爆ぜた。


音はない。だが確かに、“何か”が変わった。

空間が――拡張される。

いや、違う。“繋がった”。


奥へ、奥へ。

果ての見えない方向へ。

六畳の部屋はそのままに、内部だけが歪む。

覗き込めば、そこには終わりがない。


光の向こうに、さらに空間が続いている。

距離の概念が、曖昧になる。

広さという定義が、意味を失う。


「……できた」


ミアが、満足そうに頷いた。

まるで簡単な作業を終えたかのように。

だがその背後では、“無限”が、静かに口を開けていた。


ニチカは、息を呑む。

その瞳に宿るのは、純粋な驚愕と――強烈な興味。


(これが……価値か)


測ることすらできない価値。

金でも、力でも換算できない領域。


ユエリーは、ただ静かにそれを見ていた。

そして、ほんのわずかに口元を緩める。


誇らしげにすら見えるその表情。

まるでそれが“当然”であるかのように。

ミアは、振り返る。


「これならキャラバン大隊も余裕で入るよ」


無邪気に言う。その言葉の意味を、この場にいる二人は、誰よりも正確に理解していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。