↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/88

第六十七話

「ところでさ、このおじさんはだれ?」


あまりにも自然に、あまりにも無邪気に放たれたその一言は、乾いた木の葉が落ちる音よりもはっきりと、場の空気を断ち切った。


――止まる。


すべてが。


荷を運んでいた護衛の手も、荷車を引いていた獣の足も、風に揺れていた布さえも、ほんの一瞬、世界そのものが静止したかのようだった。


ナギは、ぎこちなく首を動かす。

恐る恐る。

本当に恐る恐る。

視線を向けた先には――ユエリー。


(やばいだろこれ)


思わず心の中で呟く。よりにもよって、“おじさん”。

しかも、あのユエリーに対して。

だが。当の本人はというと、


「……」


無表情だった。

いや、正確には――感情が読めない。

怒りも、呆れも、笑いも、何も浮かんでいない。


ただ静かに、その場に立っている。

その“何もなさ”が逆に恐ろしい。


ナギはひとまず、ほっと息を吐いた。

(とりあえず、爆発はしないっぽいな……)


しかし油断はできない。

これは嵐の前の静けさかもしれない。


その緊張の中で、ミアが、すっと一歩前に出た。


ほんのわずかに背筋を伸ばし、しかし顔にはいつもの笑みを浮かべたまま。


「この人は、私の使い魔よ」

さらりと言う。


あまりにも簡潔に。そして、

「秋の初めに契約したの」

それ以上は語らない。


語らないことで、すべてを曖昧にする。

だがその実――背中にはじわりと冷や汗が滲んでいた。


(絶対ややこしくなるやつ……)


わかっている。

この場の全員が、それぞれ別の意味で“ややこしい存在”だということを。


ニチカは、わずかに目を細めた。


「……使い魔?」


その言葉を、ゆっくりと反芻する。


視線がユエリーへと向けられる。

測るように。値踏みするように。

商人のそれで。


「へえ……」


小さく息を吐く。

その一音だけで、周囲の空気がわずかに張り詰める。

ただの興味ではない。

確実に、“何か”を見抜こうとしている。


一方で。

ユエリーは、わずかに首を傾げた。


「……使い魔、か」


その言葉を自分の中で確かめるように繰り返す。


否定はしない。

だが、どこか含みがある。

そのまま、静かにミアの方へ視線を落とした。


「そういうことになっている」


淡々と。しかし妙に納得しているような声音で言う。

ナギは思わず頭を抱えた。


(いや納得すんなよ!)


心の中で全力で突っ込む。

だが口には出さない。

出せる空気ではない。


ニチカは、そのやり取りを見て、ふっと笑った。


「なるほどね」


軽く一歩、踏み出す。


「じゃあ、その“使い魔さん”は――」


わずかに間を置く。

視線が鋭くなる。


「どれくらい使えるの?」


完全に、商談の声だった。

試す声。

価値を測る声。


その瞬間、空気が変わる。

ぴり、と。

見えない火花が散るように。

ユエリーの瞳が、ほんのわずかに細められる。


「……使える、か」


低く、静かに返す。

その声には、龍としての圧がほんの一欠片だけ滲んでいた。


だが――抑えられている。完全に。

ミアの存在によって。

ミアは、ぱん、と手を叩いた。


「はいそこまで!」


強制終了。

にっこりと笑いながら、しかし有無を言わせぬ調子で場を切る。


「ニチカ、今日は荷物の整理が先ね。そんなことしてる暇ないでしょ?」


言葉は柔らかい。

けれど明確な指示。


ニチカは一瞬だけ視線をミアに戻し――

そして、肩をすくめた。


「……了解」


あっさりと引く。

だが、その目はまだ笑っていない。


ユエリーもまた、何も言わず視線を外す。

だが完全に気配は消していない。


静かに、互いを認識したまま。

その間に立つミアだけが、いつも通りに笑っていた。


だがその内心は、

(めんどくさいことになった……)

と、はっきり理解していた。


冬は、まだ始まってもいない。

だというのに。庵の中にはすでに、火種がいくつも持ち込まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。