第六十五話
秋は、終わりに向かっていた。
庵の周囲の木々はすでに色を深め、赤や金に染まりながら、静かに葉を落としていく。乾いた風が吹くたびに、それらは舞い上がり、やがて土へと還っていった。
この地は、四季が穏やかに巡る。
春は柔らかく芽吹き、夏は涼やかに過ぎ、秋には豊かな実りをもたらす――だが、その分、冬は厳しい。
宇宙の果てに近いこの場所は、ひとたび雪に閉ざされれば、長く孤絶する。
だからこそ、備えは万全でなければならなかった。
石造りの庵の中は、すでに雑然としている。
積み上げられた薪。
丁寧に束ねられた炭。
保存の利く加工食品や干し肉、乾燥させた薬草や果実。
棚という棚が埋まり、床にも所狭しと並べられていた。
「……やりすぎじゃない?」
ミアは、少し呆れたように周囲を見渡す。
「これ、全部使い切るの?」
「冬を甘く見るな」
短く答えたのは老師だった。
腕を組み、いつものように揺るがぬ態度で立っている。
「足りぬよりは余る方がいい。足りぬ場合は死ぬだけだ」
さらりと言い切る。
その現実的すぎる言葉に、ミアは肩をすくめた。
ナギはというと、大きな袋を担ぎながらぶつぶつと文句を言っている。
「だからってこれは多すぎだろ……俺、何往復させられてんだよ……」
「文句を言うな。動けるのはお前だけだ」
「オートマタを便利屋みたいに使うな!」
そんなやり取りをよそに、
「それはそちらではなく、奥へ」
ユエリーの声が静かに響く。
彼はすでに作業の中心にいた。
薪の積み方ひとつ、保存食の配置ひとつにまで目を光らせ、効率よく、そして無駄なく整えていく。
その動きは、もはや一種の“美”ですらあった。
「湿気は避けるべきだ。こちらの配置では保たない」
淡々と指示を出し、すぐに自ら動いて修正する。
誰よりも働いている。そして誰よりも容赦がない。ナギが小声でぼやいた。
「……あいつ来てから、仕事量増えてね?」
「気のせいじゃないと思う」
ミアも小さく頷く。
だが同時に、庵の中が以前より整っているのも事実だった。過剰なほどに。
その時だった。
外から、低く長い音が響く。
車輪の軋む音。
荷を引く獣の足音。
そして――複数の気配。
「……来たか」
老師が、ふと視線を外へ向ける。
ミアもそれに続き、庵の外へと目をやった。
午後の日差しの中。
ゆっくりと、列をなして進んでくる影が見える。
キャラバン。
幾台もの荷車が連なり、その周囲を護衛が固めている。
見慣れぬ者ではない。
いや――見慣れた“規模ではない”。
「……あれ、全部?」
ミアがぽつりと呟く。
その視線の先で、一団の先頭に立つ人物が、ふっと顔を上げた。
銀の長髪が、光を受けて揺れる。
紫水晶の瞳が、まっすぐにこちらを捉えた。
そして、柔らかく――しかし以前とはどこか違う気配をまとって、微笑む。
ニチカだった。
あの穏やかな笑みのまま。
けれどその背後には、明らかに“戦力”と“商団”を兼ね備えた一団が控えている。
ただ遊びに来た規模ではない。
明らかに、“何かを持ち込んできた”規模だった。
「……また、派手にやってるね」
ミアは、少しだけ苦笑する。
その隣で、ユエリーの視線がわずかに細められた。
ナギは露骨に顔をしかめる。
老師だけが、静かにその様子を見据えていた。
秋の終わり。
冬を前にして。庵に、またひとつ大きな波が訪れようとしていた。




