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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第六十四話

朝の光はやわらかく、まだ世界の輪郭を完全には照らしきらないまま、庵の中へと静かに差し込んでいた。


ミアは、ゆっくりと目を開けた。


いつも通りの朝――のはずだった。

視界に飛び込んできたのは、


「……」


至近距離にある、顔。

あまりにも近い。

というより、近すぎる。


呼吸がかかるほどの距離で、じっとこちらを見つめる双眸。

左右で色の違う、美しく整いすぎた瞳。


――ユエリー。


ミアは、しばらく瞬きを繰り返した。

状況を理解するために。

思考が、ゆっくりと動き出す。


(……えっと)


眠る前。

確かに彼は、小型の龍の姿で、枕元に丸まっていたはずだ。

それはちゃんと覚えている。だから――


(なんで、こうなってるの?)


結論に至るまで、数秒。


その間、ミアは何も言わず、ただじっとユエリーの顔を見つめ返していた。


あまりにも整いすぎた顔立ちが、朝の光を受けて静かに浮かび上がる。


無駄に美しい。

腹立たしいほどに。

そしてその本人はというと、


「……起きたか」


まるで何事もないかのように、穏やかに微笑んだ。

自然すぎる。


違和感が仕事をしていない。

ミアは、もう一度瞬きをする。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「……ユエリー」


「なんだ?」


「距離、近い」


ぴたりと静止。

ほんの一瞬だけ、空気が止まる。

だがユエリーは、わずかに首を傾げただけだった。


「そうか?」


「そうだよ」


即答。

ミアは布団の中で少しだけ身を引こうとする。が、


「……」


気づく。

逃げ場がない。

正確には、腕。


さりげなく差し込まれているそれが、完全に囲い込む形になっている。


抱きしめているわけではない。

だが、確実に“囲われている”。


「……」


ミアは、しばし考えた。

四歳児としての危機管理。

そして目の前の存在。


(この人、たぶん)


昨夜の記憶を思い返す。

龍として丸まっていた姿。

あの落ち着いた様子。


(……まあ、大丈夫、だとは思うけど)


だが同時に。


(あのユエリーだしなあ)


という結論にも至る。

完全に信用していいのか。

判断に迷う。


「……もしかして」


ぽつりと呟く。


「夜の間に、なんかした?」


じっと見上げる。試すような視線。

ユエリーは、ほんのわずかに目を細めた。

そして――


「何もしていない」


きっぱりと言い切る。迷いなく。

その声音には、嘘はない。


少なくとも、“問題になるようなこと”は何もしていない。だが。


「ただ」


続ける。


「傍にいただけだ」


それを当然のことのように言う。

ミアは、数秒黙ったあと、


「……それ、位置おかしいよね?」


冷静に突っ込んだ。

ユエリーは少しだけ考え、


「より守れる位置を選んだ結果だ」


真顔で答えた。

迷いがない。


理屈として成立しているのがまた厄介だ。

ミアは、はあ、と小さく息を吐く。


「……過保護すぎ」


呟きながらも、強く拒む様子はない。

完全に嫌がっているわけでもないのだ。


ただ、距離感がバグっているだけで。

ユエリーは、その反応を見て、わずかに満足そうに目を細めた。


「問題ない」


「問題あるよ」


即座に返す。

朝の静かな庵に、小さなやり取りが落ちる。


それはどこか、昨日までとは違う距離で――

確かに、“変わってしまった関係”の始まりを感じさせていた。

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