第六十話
満ちていく熱の余韻が、まだミアの内側に静かに残っていた。
血と力とが交わされた感覚は、幼い身体にはあまりにも濃密で、けれど不思議と不快ではない。ただ確かに、“繋がった”という実感だけが、じんわりと広がっていた。
秋の風が、遅れてそっと吹き抜ける。
揺れる木々の音が、現実へと引き戻す。
月麗はなお、片膝をついたまま。
頭を垂れ、言葉を待っている。
王であった者が、ただ一人の主の前に在る姿。
その光景を、ミアはしばし無言で見つめていた。
そして――小さく息を吸う。迷いを、飲み込むように。
「……よく聞いて」
声は幼い。
だが、その響きには奇妙なほどの重さがあった。
ただの子供の言葉ではない。
選び、定める者の声音。
月麗の瞳が、わずかに上がる。
真っ直ぐに、その言葉を受け止めるために。
「あなたは、私の言うことをよく聞くこと」
一語一語、はっきりと紡ぐ。
曖昧さを残さぬように。
契約とは、そういうものだから。
「そして――決して、裏切らないこと」
その言葉を口にした瞬間。
空気が、わずかに張り詰めた。
それは条件というよりも、祈りに近い。
だが同時に、絶対の線引きでもあった。
「……そばにいることを、許します」
言い終えたあと、ほんの一瞬だけ間が空く。
許可。
主が従者に与える位置。
だがそれは、支配のためだけのものではない。
ミアは、ほんのわずかに視線を逸らした。
その奥にあるものを隠すように。
「……私には、敵が多すぎるの」
ぽつりと、こぼれる。
それは、今まで誰にでも軽く言ってきた言葉ではなかった。
事実でありながら、重い現実。
四界。
天界。
無数の思惑。
そして、自分自身の存在そのものが招く敵意。
「だから――」
再び、月麗を見る。
その瞳は、真っ直ぐだった。
「絶対に裏切らない味方が、必要なの」
それは命令ではない。
願いでもない。
“選択”だった。
自分が、そう在るために。
必要だと認めたもの。
その言葉を、月麗は静かに受け止めた。
否定も、迷いもなく。
ただ一つ。深く、深く頷く。
「……心得た」
短く、しかし確固たる返答。
次の瞬間。
彼の内にある力が、静かに応じた。
契約が、言葉によって完全に“定義”される。
裏切りは許されない。
意思すらも縛る、絶対の枷。
だが――月麗の瞳には、わずかな陰りもなかった。
むしろ。
安堵に近いものすら浮かんでいる。
「それでこそだ」
小さく、微笑む。
「それでこそ、私の主だ」
風が再び吹く。
契約は、成った。
もう後戻りはできない。
だが――その場にいた誰もが感じていた。
これは束縛ではなく。
選び合った結果なのだと。




