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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第五十七話

回廊を抜け、自室へと戻ったあとも、月麗の思考は静かに揺れていた。


歩けるようになった身体とは裏腹に、胸の内にあるものは、そう簡単に整わない。


――恋とは、ままならぬものだ。


ふと、そんな言葉が浮かぶ。

苦くもなく、甘くもなく。


ただ、事実として。

千年も前に、それは嫌というほど思い知らされた。


あの頃の彼女の隣には、すでに“完成された関係”があった。揺るぎなく、深く結びついた伴侶がいて、その間に流れる空気は、第三者が踏み込めるようなものではなかった。


どれほど想おうと。

どれほど手を伸ばそうと。


入り込む余地など、最初から存在していなかったのだ。

だからこそ。


「……いない、のか」


ぽつりと呟く。

今の彼女には、伴侶がいない。

その事実に、胸の奥がわずかに緩むのを、自覚する。


安堵だった。

あまりにも率直で、あまりにも身勝手な。

それでも否定しない。


龍は、そういう生き物だ。

番という概念がある以上、そこに理性や遠慮が入り込む余地はない。


「……小さな虫が、群がっているようだが」


脳裏に浮かぶのは、あの夜の光景。

銀の髪の少年。


そして、それ以外にも――気配だけは感じ取れる存在たち。

あの少女の周囲には、自然と何かが引き寄せられる。

光に集まる虫のように。だが。


「……関係ないな」


きっぱりと、切り捨てる。


あれらは所詮、その程度のものだ。

群がるだけで、核心には届かない。

触れたとしても、本質には至らない。


自分とは違う。

そう断じることに、迷いはなかった。

視線を落とし、左手首に触れる。


そこに刻まれた紋。

自分の鱗。


輪廻を越えてなお、彼女に残った証。

それが何を意味するのか――理解していないはずがない。


「……はるか先、か」


彼女が言っていた未来。


四王に順に嫁ぐという、あまりにも突飛で、そして現実的な選択。


だが、それは“今”ではない。

遥か先。

時の流れの中で、いくらでも形を変え得る未来。


「ならば――」


静かに目を閉じる。


「今は、私の時間だ」


誰に譲る必要もない。

誰かと争う必要すらない。


まだ何も決まっていない“今”という時間。

そこに、自分はいる。

ゆっくりと目を開く。


その瞳には、かつての王としての威厳とは違う――

もっと個人的で、もっと執着に近い光が宿っていた。


「……次に会う時は」


小さく呟く。

あの夜のように、ただ見ているだけでは終わらない。


手を伸ばし、触れ、確かめる。

その距離に、自分も立つ。

そう決めていた。


静かな部屋の中で、月麗の気配だけが、わずかに熱を帯びていく。


それはまだ小さい。


だが確実に――燃え始めていた。

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