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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第五十話

庵の中に満ちていた張り詰めた空気は、ふとした一言でほどけた。


「……暑かったんじゃない?」


ミアが何気なく言う。


夜とはいえ、夏の気配は濃い。外気はぬるく、風も重たい。あれだけの装備を身に纏っていれば、なおさらだろう。


「外の湖で、水浴びでもしようか」


続けてそう提案する声音は、いつもと変わらぬ軽やかさだったが――その内側には、わずかな変化があった。


ニチカを見る視線。

その距離。触れ方。


どれも、ほんの少しだけ変わっている。

子供同士の無邪気な近さではない。

かといって遠ざけるわけでもない。


戦士に対する、それ相応の距離と敬意。


ミア自身はそれを意識しているわけではなかった。ただ、自然とそうなっていた。


けれど、ニチカはそれをはっきりと感じ取った。

――ああ、と。

胸の奥で、何かが静かにほどける。


ようやく。

ようやく、ここに戻ってきたのだと。


彼女の隣に立つために積み上げたものが、無駄ではなかったのだと。


その安心が、じわりと広がる。


「……水浴びって」


ふっと、口元が緩む。

先ほどまでの張り付いたような笑みではない。


「裸?」


軽口を叩く声音には、確かに“いつもの調子”が戻っていた。


ナギが「は?」と眉をひそめるより早く――

ゴツン、と。

乾いた音が響く。


「着衣水泳に決まってるだろうが」


老師の拳骨が、容赦なくニチカの頭に落ちていた。

ニチカは軽く頭を押さえながらも、苦笑する。


「……冗談だよ」


だが、その表情はどこか柔らかい。

場の空気に、ようやく馴染んできた証のように。


ミアは、そんな二人のやり取りを見て、くすりと笑った。

「行こ」

短く言って、先に外へと歩き出す。


白い衣が、夜の中で淡く浮かび上がる。

ナギが肩をすくめながら続き、ニチカもその後ろを歩く。


外に出ると、空は深い群青に染まり、星がいくつか瞬いていた。湖の水面は静かで、月の残り光を受けてわずかに揺れている。


昼間とは違う、ひんやりとした風が肌を撫でた。

ミアは靴を脱ぎ、そのまま水際に立つ。


「冷たくて気持ちいいよ」


振り返り、にこっと笑う。

その笑顔は――やはり、変わっていない。


ニチカは少しだけ目を細めた。

変わったものと、変わらないもの。


その両方がここにある。

そして、自分もまた、その中に立っている。


ゆっくりとマントを脱ぎ、今度は何も仕込まれていない軽い装いのまま、水辺へと足を進める。


波紋が、静かに広がった。


夜の湖は、思っていたよりもずっと穏やかで――

どこか、帰ってきた者を受け入れるような静けさを湛えていた。

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