第四十九話
黒いマントが解かれた瞬間、空気がわずかに変わった。
布の内側から現れたのは、ひとりの人間が身に帯びるにはあまりにも過剰な“備え”だった。刃、刃、刃――大小様々な短剣、投擲用のナイフ、隠し持つことを前提とした細工の武器が、隙間なく仕込まれている。腕、腰、脚部、背面、そして布の裏地に至るまで、すべてが“戦うため”に最適化されていた。
それはもはや装備ではない。
生き方そのものだった。
ナギが思わず顔をしかめる。
「……おいおい、冗談だろ」
低く漏らした声には、半ば呆れ、半ば引きつった気配が混じっている。
老師ですら、わずかに眉を寄せた。
「……ひとりで戦争でもするつもりか」
その言葉は冗談めいていたが、否定しきれない現実がそこにあった。
ニチカは何も言わない。
ただ、静かに膝をついたまま、ミアの手に委ねている。
抵抗も、弁明も、誇示もない。
それがなおさら、この異様さを際立たせていた。
ミアは、何も言わずにひとつひとつ外していく。
指先は迷わず、丁寧で、まるで壊れ物を扱うかのようだった。刃に触れても、ためらいはない。ただ、そこにあるものを“ほどいていく”だけ。
カチャ、と。
小さな音が重なっていく。
床に置かれていく武器の数は、やがて一人分とは思えない量になった。
それでも、まだ終わらない。
ミアはニチカの背後に回り、肩に触れ、髪に手を差し入れる。
さらりとした銀の髪の中に、確かに潜んでいた冷たい感触。
細く、鋭いナイフ。
それすらも、躊躇なく抜き取る。
「……こんなところにまで」
小さく呟く。
最後の一本を外し終えたとき、ようやくその“武装”はすべて取り払われた。
沈黙が落ちる。
床に並ぶ刃の群れが、異様な存在感を放っていた。
ミアはそれを見下ろし、ふっと息をつく。
「……ひとりで武器屋、開けちゃうわね」
軽く笑って、そう言った。
皮肉混じりの、いつもの調子。
けれど。
その瞳は――まったく笑っていなかった。
静かに、沈んでいる。
どこまでも。
ニチカは、その言葉にわずかに目を細める。
けれど、やはり何も言わない。
否定もしないし、肯定もしない。
ただ、受け入れるだけ。
その沈黙が、何より雄弁だった。
ミアはゆっくりと顔を上げ、彼を見た。
かつて、花冠を編んで笑っていた少年。
ままごと遊びに胸を躍らせていた、あの無邪気な姿。
その記憶と、今目の前にいる存在とが、どうしても重ならない。
――いや。
重ねてはいけないのだと、どこかで理解していた。
「……がんばったんだね」
ぽつりと、言葉がこぼれる。
責めるでもなく、咎めるでもなく。
ただ、その事実を認めるように。
けれどその裏にあるものを、ミアは知っていた。
あのとき。
「僕は何をすれば君たちの隣に並び立てるの?」
そう問うた少年に、自分は答えた。
――友達になろう、と。
あまりにも軽く。
あまりにも無邪気に。
その言葉が、どれほどの重さで受け取られたのかも知らずに。
ニチカは、その“隣”に立つために。
ここまで来てしまった。
ミアの指先が、わずかに震える。
だが、それを悟らせることはしない。
代わりに、そっと彼の頬に触れた。
温度を確かめるように。
「……ここでは、もういいよ」
静かに言う。
「戦わなくていい」
それは命令ではなく、許しでもなく。
ただの――願いだった。
ニチカの瞳が、ほんのわずかに揺れた。
ほんの一瞬だけ。
それが何を意味するのか、まだ誰にも分からなかった。




