第五話
冥王閻魔の表情が、一瞬だけ崩れた。
怒りでも、焦りでもない。
もっと厄介なもの――後悔に近い色だった。
「生まれ変わってきていたなら」
低く、押し殺すような声。
「言ってくれてもいいだろうが、ちいさいの」
風が止まったような錯覚があった。
冥界の王が、その立場を外したただの一人の“知己”の顔をしている。
「そうすれば……」
言いかけて、言葉が途切れる。
続きは明らかだった。
“こんなこと、させはしなかった”
老師はその横顔を見て、わずかに目を細めた。
冥王がここまで感情を露わにするのは、記録にもそう多くない。
それだけこの少女は、彼にとって“世界の理屈”より前にある存在なのだろう。
ミアは、少しだけ困ったような顔をした。
目の前の冥王を見つめる視線は、責めるでも、甘えるでもない。
ただ、どこか遠くを見ているような静けさがあった。
「……私は」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「誰も恨んでいません」
冥王の眉がわずかに動く。
ミアは続けた。
「あの人が死んだことすらも、時勢の流れだったのでしょう」
その言葉は淡々としていた。
痛みがないわけではない。
ただ、それを“個人の悪意”として切り分けていないだけだった。
「だから」
少しだけ息を吸う。
「追いかけたことも、輪廻に身を投げたことも……」
そこで言葉が途切れた。
風が一度、強く吹く。
柱の影が揺れた。
冥王は何か言おうとして、やめる。
代わりに、喉の奥で小さく笑ったような息を漏らした。
「……相変わらずだな」
それは叱責ではなかった。
諦めに近い、そして懐かしさを含んだ声だった。
老師が小さく咳払いをする。
「おい閻魔」
「感傷に浸ってる暇あんのか?」
冥王は視線を上げないまま答える。
「ない」
即答だった。
だが、少しだけ間があく。
そして続けた。
「だから余計に厄介なんだよ」
ミアを見つめるその目は、冥界の王ではなく、ひとりの“かつての友”のものだった。
「お前は、変わらなさすぎる」
ミアは微かに笑った。
「変わる理由が、あまり無かったので」
その一言が、余計に冥王の眉間を押させる。
老師は空を見上げて、ひとり呟いた。
「……四王会議って何の会議だったっけな」




