第四話
「小さいの!」
冥王閻魔の声は、いつもの静けさをかなぐり捨てたように響いた。
会議場の外回廊。石柱の間を抜けて、彼はほとんど駆け込むように現れた。
黒い冥装の裾がわずかに乱れている。それだけで、どれほど異例の事態かが分かる。
「お前、なんて無茶な提案をしたのか分かっているのか!」
珍しく、感情がそのまま顔に出ていた。普段の冥王からは考えられないほど、焦りと苛立ちが混ざっている。
腕の中の少女は、相変わらず平坦な目をしていた。
「提案内容は合理的でした」
「合理の話をしているんじゃない」
冥王は即座に切り返す。
老師が目を瞬いた。
「いや待て閻魔」
「お前、四王会議を中座してきたのか?」
その言葉に、冥王は一瞬だけ黙る。
そして、短く吐き捨てた。
「……抜けてきた」
老師の眉が跳ね上がる。
「おいおいおいおい」
「四界の均衡会議だぞ」
「抜けていい場所じゃねえだろ」
冥王は苛立たしげに頭を振る。
「それどころじゃない」
低い声。
「あの“提案”は、四界の前提を崩す」
少女は瞬きをひとつしただけだった。
「崩れません」
「崩れるかどうかをお前が決めるな」
冥王の視線が鋭くなる。
だが、その視線の奥には怒りだけではなく、明確な“恐れ”が混じっていた。
老師は腕を組み、ゆっくり息を吐く。
「……で、何があった」
冥王は一瞬だけ言葉を選び、それから低く続けた。
「龍王が黙った」
その一言で空気が変わる。
「精霊王は笑ってた」
「魔王は興味を持っていた」
「それが問題だ」
老師が眉をひそめる。
「何が問題なんだよ」
冥王は少女を見下ろす。
そして、はっきりと言った。
「“可能性として成立してしまう”のが問題なんだ」
少女はそこで初めて、わずかに首を傾げた。
「成立するなら問題はありません」
冥王は短く息を吐いた。
「……だからお前は危険なんだ」
沈黙。
外の風が柱の間を抜けていく音だけが響く。
その中で老師が、ぽつりと呟いた。
「冥王が会議抜けてまで止めに来る案件ってのも、だいぶ終わってるな」
冥王はそれを否定しなかった。
ただ一度だけ、少女を見て。
静かに言う。
「小さいの」
「その頭の中の“合理”は、世界の秩序と相性が悪すぎる」
少女は少しだけ間を置き、答えた。
「では調整が必要ですか?」
冥王は一瞬、言葉を失った。
そして、深く長く息を吐く。
「……そういうところだ」




