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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第四十一話

ニチカの語りが終わったあと、執務室にはしばし静寂が落ちた。重厚な机の上に置かれた魔石は、まるでそれ自体が意思を持つかのように淡く脈動し、室内の魔力と共鳴している。その光は決して派手ではないが、深く、底の見えない湖のように静かで――それゆえに、価値を知る者ほど息を呑む種類のものだった。


シレンはそれを一瞥し、それからゆっくりと視線をニチカへ戻した。その目にはもはや“祖父”としての色はなく、ただ一人の商人として、ひとつの“商品”を見極める冷徹な光が宿っている。


「ニチカよ」


低く、しかしよく通る声で呼びかける。その一言だけで、空気が引き締まる。


「お前は――その魔石の価値を、どう見る?」


問いは単純だが、その実、重い。値段を答えろと言っているのではない。流通価値でもなければ希少性の話でもない。それが何を意味するのか、どこまで見通せるかを問うているのだ。


ニチカは一瞬だけ魔石に視線を落とした。確かに、それは規格外の代物だ。マンティコアという強大な魔物を単独で屠った証であり、その核に凝縮された魔力は並の市場に流せば国家一つを揺るがすほどの金額になるだろう。しかし――彼はそれ以上を言葉にできなかった。


ゆっくりと、首を横に振る。


「……分からない」


正直な答えだった。誤魔化す意味も、取り繕う理由もない。


「価値は高い。それは分かる。でも、それ以上は……」


言葉を探すが、続かない。あの場で起きたことは、単なる“討伐”や“収穫”といった枠に収まるものではなかった。だが、その輪郭をまだ彼は掴みきれていない。


シレンは、その答えに満足そうでもあり、物足りなさそうでもある微妙な表情を浮かべた。そして、ふっと口元を緩める。


「では、もうひとつ問おう」


わずかに身を乗り出す。影が差し、瞳の奥がより深くなる。


「あの方が作った霊薬が、何を意味するのか……お前は理解しているか?」


その問いには、先ほどとは別種の重みがあった。単なる物の価値ではない。行為そのものの意味、その背後にある思想と力の本質を問うている。


ニチカは、再び沈黙する。


あの光景を思い出す。庵の中、暖炉の火、静かに並べられた薬具、そして――歌うように呪文を紡ぎながら調薬を行うミアの姿。あれは技術ではない。儀式でもない。もっと根源的な何かだった。


だが。


「……知らされなかった」


ぽつりと、答える。


「そのうち分かる、って……はぐらかされたよ」


自嘲気味に肩をすくめる。その言葉の裏には、わずかな悔しさが滲んでいた。自分がまだ“そこ”に届いていないという、明確な実感。


シレンは、その様子をじっと見つめていたが、やがて小さく頷いた。


「……まだまだだな」


その言葉は冷たくもあり、しかしどこか温度を含んでもいた。切り捨てるための評価ではない。見込みがあるからこその指摘だ。


ゆっくりと立ち上がる。長い外套がわずかに揺れ、執務室の空気が変わる。


「よいか、ニチカ」


静かに歩み寄り、机の上の魔石に手を置く。


「お前が持ち帰ったこれは、確かに価値がある。市場に流せば莫大な金になるし、加工すれば一級の兵器にもなるだろう」


そこで言葉を切り、視線を上げる。


「だがな――それは“結果”に過ぎん」


指先で魔石を軽く叩く。その音が、やけに大きく響いた。


「重要なのは、そこに至る“過程”だ。そして、その過程を生み出した“存在”だ」


ニチカの瞳が、わずかに細まる。

シレンは、はっきりと笑った。皓々と、獲物を見つけた捕食者のように。


「あの方たちが、どれほどのものか……お前はまだ理解していない」


断言する。


「だからこそ――お前は、そこに自分を食い込ませねばならん」


その声は、低く、重く、逃げ場がない。


「自分という“商品”の価値を、もっと知らしめろ」


言葉が、胸に突き刺さる。


「でなければ」


わずかに視線を魔石へ落とす。


「その魔石一個分の価値で終わるであろう」


静かな宣告だった。


どれほどの力を示そうと、どれほどの成果を持ち帰ろうと、それが一度きりであれば意味はない。継続して価値を生み出せる存在でなければ、商人の世界では“使い捨て”に等しい。


ニチカは、何も言わない。


だが、その沈黙は否定ではない。

理解しようとしている沈黙だった。


シレンは、その様子に満足したように、わずかに頷く。

そして最後に、言い放つ。


「強くなれ」


短い。だが、それ以上に重い言葉はない。


「鍛え上げられた鋼のようにな」


その声には、命令と期待と、そしてほんのわずかな――情が混じっていた。


草薙の名を継ぐ者として。


そして。


あの“白き魔女”の隣に並び立とうとするならば、避けては通れない道として。

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