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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第四十話

時は遡る――草薙商会本部。


幾重にも重なる回廊と、魔力で補強された石壁に囲まれたその巨大な建造は、単なる商館ではなく、一つの国家にも匹敵する機能を内包した“都市”であった。交易、諜報、傭兵、金融――あらゆる流通と力の交差点に位置するその中枢に、商会長執務室はある。重厚な扉の向こうには、世界の裏側を動かす決断が日々下される空間が広がっていた。


その執務室に、ひとつの報せが届く。


――商会長の孫、草薙ニチカ帰還。


――手に、極めて高純度の大型魔石を所持。


報告を受けたシレンは、書類から視線を上げることすらなかった。ただ静かに羽根ペンを置き、指先で机を一度叩いたのみである。その仕草には驚きも動揺もなく、むしろ「やはりか」と言わんばかりの、確信に近い納得が滲んでいた。


だが、その瞳の奥には、別の光が灯っている。


――面白い。


それは純粋な興味だった。あの少年が何を持ち帰るかではない。どのようにして、それを手に入れたのか。そこにこそ価値がある。


「すぐに呼べ」


短い命令が下る。休息を与えるという選択肢は、最初から存在しない。草薙の血を引く者にとって、成果とは即座に精査されるべき“商品”であり、時間を置くこと自体が損失であるからだ。


やがて、重い扉が開かれた。


足音は軽い。しかし、その気配は鋭い。


現れたのは――ニチカだった。


整いすぎた美貌はいつもと変わらないが、その全身には戦闘の痕跡が生々しく刻まれている。衣服は裂け、乾ききっていない血が斑にこびりつき、褐色の肌にも細かな傷がいくつも走っている。だが、そのどれもが致命傷ではなく、むしろ彼がそれらを“かすり傷”として処理してきたことを物語っていた。


そして、その腕に抱えられているもの。

赤子の頭ほどもある、深い輝きを放つ魔石。


部屋の空気が、わずかに重くなる。


そこに込められた魔力量が、周囲の魔力と共鳴しているのだ。

ニチカは、それを何の気負いもなく抱えたまま、執務机の前に立った。


「……で、それはどうした?」


シレンの問いは短い。だが、その声音には明確な意図があった。


――説明しろ。


価値を。過程を。すべてを。

ニチカは一瞬だけ考え、そしてあっさりと口を開いた。


「ミアの家に遊びに行ってたら、こうなりました」


あまりにも簡潔な答えだった。


それは報告としては不十分どころか、ほぼ無意味に等しい。

だが――シレンは、わずかに口元を緩めた。


「……さもありなん」


否定はしない。むしろ納得している。

その少女の異質さを、彼は誰よりも理解しているからだ。


だが、それで終わるはずがない。


シレンはゆっくりと椅子に背を預け、指を組んだ。

その仕草は、尋問の始まりを告げる合図でもあった。


「どういう経緯で手にした魔石なのだ――という意味だが?」


視線が、鋭くなる。


先ほどまでの柔らかさは消え、商人としての冷徹な眼がそこにあった。


ニチカはわずかに肩をすくめる。


「省略したつもりは――」


「するな」


被せるように、シレンが言った。

だがその声には、苛立ちよりも明確な“期待”が込められている。


その証拠に、彼の瞳は輝いていた。


まるで珍しい逸品を前にした蒐集家のように。

あるいは、未知の価値を測ろうとする鑑定士のように。


ニチカは、その視線を正面から受け止める。

逃げる必要も、隠す必要もない。


これは取引ではないが――

報告は、評価に直結する。


そしてそれは、彼にとっては何よりも重要な“信用”の積み重ねだ。


「……仕方ないな」


小さく息を吐く。


その仕草には、わずかな諦めと――どこか楽しげな色が混じっていた。


脳裏に浮かぶのは、白いフードの少女。


無邪気に笑い、無茶を言い、そして――すべてを引き寄せる存在。


ニチカは、言葉を選ばない。


ありのままを語ることに決めた。


「今日のこと、最初から話すよ」


そうして彼は語り始める。


庵での時間、そして――ダンジョン。


ゴブリンの集落との対話。


マンティコアとの戦闘。


そして、この魔石に至るまでの一連の流れを。


その一つ一つを、決して省略することなく。

言葉にしながら、ニチカ自身もまた再認識していく。


――あの少女が、どれほど異質であるかを。


――そして、自分がどれほど深く、その軌道に巻き込まれ始めているのかを。


シレンは、ただ黙って聞いていた。

途中で一度も口を挟まず、ただ静かに。


だがその内側では、無数の思考が高速で巡っている。

情報を整理し、価値を測り、未来を計算する。


そして。

結論は、すでに出ていた。


――これは。

単なる“逸材”ではない。

世界そのものを動かし得る、“起点”だ。


ニチカの語りが終わる頃、執務室の空気はすっかり変わっていた。


最初にあったのは、ただの報告だった。

だが今ここにあるのは――ひとつの“時代の兆し”だった。

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