第三十七話
その言葉が、空気を裂いた。
「――それは違いますよ、叔父上」
低く、よく通る声。
だがその響きは、柔らかさとは程遠い。
竜骨の間の入口。
金と朱の装飾の向こう、影の中に――楼蘭が立っていた。
気配は、なかった。
まるで最初からそこにいたかのように、静かに。
月麗の腕の中にいるミアへと、その視線は真っ直ぐに向けられている。
「……楼蘭」
月麗が、わずかに目を細める。
その声には、かつての王としての威が戻り始めていた。
だが楼蘭は、それを意に介さない。
一歩、踏み出す。
靴音が、静寂を切る。
「ともすれば、そのまま丸呑みにしてしまいそうでしたよ」
軽口のようでいて、その実、鋭い指摘。
視線は、月麗の腕に絡め取られているミアへ。
絡め取る――まさにその言葉が相応しいほどの抱擁だった。
楼蘭は、にっこりと笑う。
「危ない危ない」
だが、その笑みは目に届いていない。
そして、言い切る。
「彼女は、既に私の許嫁なのですから」
空気が、凍る。
龍骨の静寂すら、一瞬息を止めたかのように。
月麗の瞳が、すっと細くなる。
「……ほう?」
低い。深い。底の見えない声。
だが楼蘭は、その圧を真正面から受け止めた。
むしろ楽しむように。
「ご存知でしょう?」
肩をすくめる。
「この子が何をしに来たのか」
ミアへと、手を伸ばす。
迷いなく。
その腕を――掴んだ。
月麗の腕の中から。
引き抜く。
力任せではない。
だが、拒否を許さない動き。
体勢が崩れる。
重心が移る。
ミアの体が、月麗から離れる。
そして――楼蘭の側へ。
そのまま、軽く抱き寄せる。
まるで、奪うように。
いや、奪った。
月麗の腕が、空を切る。
その一瞬。
ほんの刹那。
空白が、生まれる。
楼蘭は、そのままミアを引き寄せたまま、微笑んだ。
「返していただきますね、叔父上」
声音は丁寧。
だが、その奥には明確な意思がある。
譲らないという意思。
ミアは、その腕の中で静かに抱き留められている。
抵抗もしない。流されもしない。
ただ、そこに在る。
白い衣が、二人の間で揺れる。
月麗は、それを見つめていた。
しばしの沈黙。やがて――
「……面白いことを言う」
低く、笑う。
だがその瞳は、まったく笑っていない。
「いつからだ?」
問い。
楼蘭は、即答する。
「最初からですよ」
さらりと。
まるで、それが当然であるかのように。
その言葉に――
月麗の中で、何かが静かに軋む。
千年越しの再会。
ようやく手にした温もり。
それを。
目の前で、奪われた。
だが――彼は、怒鳴らない。暴れもしない。
ただ。
静かに、ミアを見る。
その視線だけが、すべてを語っていた。
楼蘭もまた、ミアを見る。
腕の中に収めながら。
その距離は近い。
だが、決して乱暴ではない。
選ばせるように。
それでいて、逃がさないように。
竜骨の間に、張り詰めた沈黙が満ちる。
三者三様の想いが、絡み合う。
その中心にいるのは――
白き魔女。ミア。




