第三十五話
千年。
それは、眠りと呼ぶにはあまりにも長く、死と呼ぶには中途半端な時間だった。
月麗の体は、まだその時間の中にあった。
意識は戻った。
だが、肉体は追いつかない。
起き上がろうとした気配が、わずかに揺れる。
しかしそれは、すぐに崩れた。
ミアは、そっとその頬に手を伸ばす。
「無理しなくていいよ」
やわらかな声。
撫でる指先は、驚くほど静かで、優しい。
涙を、拭う。
止まらないそれを、何度も何度も。
月麗は、その手を見ていた。
細く、小さな手。
だが――知っている。この温もりを。この触れ方を。この存在を。
骨ばった大きな手が、動いた。
ゆっくりと。だが、確かな意思をもって。
ミアの手首を、掴む。
そして――引き寄せた。体勢が、崩れる。
そのまま、ミアの体が月麗の胸へと落ちる。
抱き込まれる。腕が、回る。
強く。逃がさぬように。
「……あやの」
低く、震える声。
その名は――遠い昔に捨てたもの。
それでもなお。
彼にとっては、ただ一つの名前。
ミアは、目を細めた。
否定しない。
訂正もしない。
ただ、そのまま受け入れる。
月麗の腕に、力がこもる。
まるで、失った時間を取り戻そうとするかのように。
離したくないと、言うように。
顔を寄せる。
つむじに、そっと唇が触れる。
そして――吸い込む。その香りを。
確かめるように。確信するように。
「……変わらない」
ぽつりと、こぼれる。
だが――ふと、眉が寄る。
腕の中の感触。
重さ。
大きさ。
違和感。
「……しかし」
少しだけ、体を離す。
見下ろす。
首を傾げる。
「縮んだな?」
真剣な声音だった。
一瞬の静寂。
そして――ミアは、堪えきれずに笑った。
くすくすと。楽しそうに。
「もう」
顔を上げる。
フードの奥、見えないはずの瞳が、やわらかく細められているのが分かるような声。
「よく見て」
少しだけ身を引いて、彼に見せるように言う。
「私、4歳」
にこっと笑う。
「生まれ変わったの」
あっけらかんと。
あまりにも軽く。
だが、その言葉の重さは――千年という時間にも、決して劣らないものだった。




