第二十八話
断末魔が、空間を震わせた。
人とも獣ともつかぬ絶叫が、神殿の天井にぶつかり、何重にも反響する。耳に残るその余韻が消える頃には――すべて、終わっていた。
ニチカの刃は、止まっている。
マンティコアの眉間から、顎へ。
深く、正確に、容赦なく貫いていた。
巨体が、揺れる。
支えを失った肉体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
ズン、と重い音。
それは、ただの音ではない。
このダンジョンの頂点にいた存在が、今、確かに“終わった”という証。
静寂が訪れる。
ニチカは、刃を引き抜いた。
血が、遅れて噴き出す。
だが、それすらもう意味を持たない。
(……終わりか)
短く息を吐く。高揚はない。恐怖もない。
ただ、やるべきことをやったというだけの感覚。
そのとき――
「ニチカ!」
「おい!」
同時に、声が飛ぶ。
足音が、近づいてくる。
ナギとミア。
ナギは、一直線に駆け寄ってきた。
その顔には、隠しきれない興奮と驚き。
「すげぇじゃねえか、お前!!」
バンッ、バンッと、遠慮なく背中を叩く。
加減なし。
だが、その一撃一撃に、確かな称賛が込められている。
ニチカは、わずかに体を揺らしながらも、文句は言わなかった。
むしろ――少しだけ、笑う。
「うるさいな」
軽く返す。
だが、その言葉は柔らかい。
次の瞬間。
軽い衝撃。ミアが、飛び込んできた。
迷いなく。躊躇いなく。
そのまま、ぎゅっと抱きつく。
小さな体が、しっかりと腕の中に収まる。
「よかった……!」
顔を押し付けるようにして、言う。
その声は、心からの安堵に満ちていた。
「怪我、してない?」
見上げてくる。
フードの奥、見えないはずの瞳が、まっすぐに向けられている気がした。
ニチカは、一瞬だけ言葉を失った。
(……ああ)
こんな言葉。こんなふうに、まっすぐに。
かけられたことが、あっただろうか。
称賛は、知っている。
評価も、報酬も、いくらでも受けてきた。
だが――これは、違う。
何も求めていない。
ただ、無事であることを喜んでいるだけ。
ニチカの手が、わずかに動く。
どうすればいいのか、一瞬迷う。
そして――そっと、ミアの頭に手を置いた。
「……大丈夫だよ」
静かに答える。
ナギが、その様子を見て鼻で笑う。
「なんだよ、余裕じゃねえか」
だが、その声にもどこか安堵が混じっている。
倒れたマンティコアの巨体。
その向こうに、さらに奥へと続く道がある。
目的地は、まだ先だ。
それでも――
この瞬間だけは。確かに、“勝利”だった。




