第二十七話
火が、唸りを上げて噴き出した。
熱風が空間を焼き、石床すら赤く染める。直後、鋭い爪が風を裂き、遅れて毒を帯びた尾が軌道を変えて襲いかかる。
間断のない連撃。
獣の膂力と、人の知性が混ざり合った“殺し”の流れ。
だが――ニチカは、そのすべてを紙一重で躱していた。
炎の軌道を読む。爪の振り下ろしに合わせて体を捻る。尾の刺突を、わずかな重心移動で外す。
速い。だが、読めないほどではない。
(……あるな)
連撃の中に、“綻び”がある。
ほんの一瞬。
呼吸のように生まれる、微細な間隙。
問題は――(あの目だな)
マンティコアの視線。ただ見ているのではない。こちらの動きを“先読み”している。
知性が、厄介さを何倍にも引き上げている。
ならば。潰す。
ニチカの指が、腰の後ろに触れる。ナイフ。
一瞬。わずかな隙間。
その瞬間を――掴む。
ヒュンッ――
音すら置き去りにして、ナイフが飛ぶ。
一直線。迷いなく。目へ。
ぐしゃり、と鈍い感触。
マンティコアが、絶叫した。
「ギャァァァァッ!!」
人とも獣ともつかぬ悲鳴。
視界を奪われ、わずかに動きが鈍る。
その一瞬を――ニチカは逃さない。
踏み込む。間合いを詰める。
ショートソードが、閃く。斬る。
骨ごと断つ。太い前脚が、鈍い音を立てて落ちた。
巨体が、傾ぐ。
均衡が崩れる。ニチカは、その勢いを利用した。
地面を蹴る。砕けるような踏み込み。
身体が、宙へ跳ね上がる。
狙いは――眉間。
人であれば、急所。だがこれは、ただの人ではない。
(さて――どうだ?)
空中で、体勢を整える。両手の刃を揃える。落下の勢いを乗せる。
マンティコアの顔が、こちらを向く。
片目を潰されながらも、残る視界で捉えている。
その口が、歪む。
笑った。
まだ、終わっていないと。理解している。
それでも。ニチカの瞳は、揺るがない。
(関係ないな)
振り下ろす。全力で。




