第二十五話
ミアは、一歩だけ前へ出た。
囲むゴブリンたちの視線が、一斉にその小さな影へと集まる。フードの奥に隠れた顔は見えない。それでも、その佇まいには揺らぎがなかった。
「病気の龍の薬のため――スノードロップが必要なのです」
静かに、しかしはっきりと。
ゴブリンの言葉で紡がれる。
その響きは粗野なはずの音を、不思議と澄ませていた。
ざわめきが起こる。
“龍”。その単語が、群れの中に波紋のように広がる。
ミアは続けた。
「あれは、どんな心の病にも効くでしょう」
ゆっくりと。言葉を選ぶように。
「長年の苦しみから、救ってやりたいのです」
その声音には、飾りがない。
願いそのものだった。
沈黙が落ちる。
ゴブリンたちは、互いに顔を見合わせる。
低く唸り、短い言葉を交わす。先ほどの警戒とは違う。
今は――測っている。
嘘か、本当か。敵か、そうでないか。
この小さな存在の言葉に、どれほどの重みがあるのか。
ニチカは、動かずにそれを見ていた。
剣は構えたまま。
だが、踏み込む気配はない。
(……本気だな)
ミアの言葉は、交渉のためのものではない。
説得でも、駆け引きでもない。
ただの事実。
だからこそ、強い。
ナギもまた、何も言わなかった。先ほどまでの反対は、消えている。
あの一言で、すべてを理解してしまったからだ。
リーダー格のゴブリンが、ゆっくりと一歩前に出る。
ぎし、と石の床が鳴る。
その視線は、ミアから逸れない。
長い沈黙。
やがて――低く、言葉が返される。
短い。だが、はっきりとした意思を持つ声。
ニチカには意味はわからない。
だが――空気が、変わった。
敵意が、わずかに引く。
代わりに生まれるのは、警戒を残したままの――理解。
ミアは、小さく頷いた。
交渉は、まだ終わっていない。
だが――道は、開き始めている。
暗く閉ざされていたダンジョンの奥へと続く道が、ほんのわずかに、静かに、揺らいだ。




