第二十三話
ダンジョンと一口に言っても、その在り様は千差万別だ。
人の手で造られた迷宮――構造は整っているが、罠と仕掛けに満ちた人工ダンジョン。大地そのものが歪み、自然発生した洞窟や遺構が変質した天然ダンジョン。そして、かつて攻略を試みられながらも、その難度ゆえに放棄され、やがて“手を出してはならない場所”として忘れ去られたもの。
今回、ミアたちが足を踏み入れたのは、その最後の類だった。
古びた神殿。
崩れかけた石柱。風化した壁面に刻まれた、もはや誰にも読めない文字。かつては神を祀る場所であったのだろうが、今はただの残骸だ。
だが――その“残骸”こそが危険の証だった。
打ち捨てられた理由は、単純だ。
攻略できなかったから。
入口は半ば崩れており、外光はほとんど届かない。
内部は薄暗く、ひんやりとした空気が肌を撫でる。湿り気を帯びた石の匂いが、鼻をかすめる。
足音が、やけに響く。
自分たち以外の存在がいないことを、嫌でも意識させる静けさ。
「……やっぱやめねぇ?」
ナギがぼそりと呟く。
半分本気で、半分冗談。
だがその視線は周囲を警戒している。
「ここ、マジでロクなとこじゃねぇぞ」
ミアは、くるりと振り返る。白いフードの奥で、にこっと笑っている気配だけが伝わる。
「大丈夫だよ」
軽い。根拠はない。だが、なぜか否定しきれない。
ニチカは、何も言わなかった。
ただ、静かに周囲を見渡す。
(確かに、厄介そうだな)
空気が違う。ただの遺跡ではない。
“何か”が長く留まり続けた場所特有の、淀みがある。
ナギの言葉が、頭の片隅に浮かぶ。
――ここのダンジョンボス、めちゃくちゃ強いんだぞ。
ニチカは、わずかに口元を緩めた。
(……そうか)
単純な疑問が浮かぶ。
自分と、どちらが強いか。
それは挑発でも虚勢でもない。
ただの事実確認に近い思考。
足を止める。
腰に差していた武器に手をかける。
ショートソード。
片手で扱える短剣に近い剣。
それを二本、引き抜く。
軽く振る。
重さを確かめる。
手首の返し、バランス、刃の通り。
(問題ない)
狭い空間では、長剣は扱いにくい。
取り回しと速度。
それを優先するなら、この選択が最適。
さらに、腰の後ろに手を回す。
投擲用のナイフ。数本。
指で触れ、位置と数を確認する。
(これで十分)
準備は整った。ニチカは、静かに息を吐いた。
その横で、ナギが呟く。
「……ほんとに行くのかよ」
諦め半分、覚悟半分。
ミアは、すでに前を向いている。
フードの奥から、まっすぐに奥を見据えている。
「うん」
短く答える。迷いはない。
その背中を見て――ニチカは、ほんのわずかに笑った。
(まあ、いい)
危険は承知。
だが――守ると言った。
それだけで、理由としては十分だった。
「行こうか」
軽く言って、一歩踏み出す。石の床に、足音が響く。
その音が、深い闇の奥へと吸い込まれていく。
誰もいないはずのダンジョンが、わずかに“応えた”気がした。
古びた神殿の奥。
その最深部で待つものが、静かに目を覚まそうとしている。




