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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第二十二話

出立の前、庵の空気はほんのわずかに引き締まっていた。


暖炉の火は相変わらず穏やかに揺れているのに、その温もりとは別の、張り詰めた静けさがあった。


老師は、ミアの前に立つ。

手に取った白いフードを、そっと彼女の頭に被せる。真珠色の髪がすべて隠れるように、丁寧に、目深に。

その仕草は乱暴ではない。だが、どこか決定的な意味を持っていた。


「外では絶対にフードを取るな」

低く、簡潔に。

余計な言葉はない。

「あと、その瞳も封印しろ」


ミアは、こくりと頷く。

軽い返事ではない。

理解している者のそれだった。


老師は続ける。

「スノードロップは、ボスの間の最奥に咲いているはずだ」

記憶をなぞるように、正確に。

「幸いにして今日は満月。ひと月ぶりに花を咲かせている」

淡々とした口調。

だが、その情報の一つひとつが、確実に命に関わる。

「採集の際は慎重に。根ごと運んでくるんだぞ」


そこで、わずかに言葉が途切れる。


止めても、聞かない。


それを、誰よりも知っている。

だからこそ――言えるのは、ここまでだ。


老師の視線が、ミアからナギへ、そしてニチカへと移る。

何も言わない。

だが、その目はすべてを託していた。


任せたぞ。


ニチカは、わずかに肩をすくめる。

(重いな)

だが、嫌ではない。


ミアは、ぱっと顔を上げた。

「はい!」

元気よく返事をする。その声には、迷いがない。


次の瞬間には、もう動いている。


「えーと……北へ469.25、東に295.63……」

ぶつぶつと呟きながら、空間を見つめる。

その瞳はフードの影に隠れているが、確実に何かを“捉えて”いる。


「座標固定……完了」


言い切る。

その瞬間、空気が震えた。


ミアが、にっこりと笑う。

「ふたりとも、行くよー」

軽い。あまりにも軽い。


だが――すでに、足元には魔法陣が展開されていた。


光が走る。

円が描かれ、幾何が重なり、空間そのものが歪む。

準備の時間などない。

詠唱も、溜めもない。完成している。


ニチカは、一瞬だけ目を細めた。

(相変わらず、無茶苦茶だな)

だが、文句を言う暇はない。


ナギが叫ぶ。

「ちょ、待てって――!」


言い終わる前に、ミアが一歩踏み出す。


消える。


ナギが慌てて飛び込む。

ニチカも、遅れずにその光へ足を踏み入れる。


瞬間。世界が、反転する。


視界が白に塗り潰され、次の瞬間には――

すべてが、消えた。


庵には、静寂が戻る。


暖炉の火だけが、変わらずに燃えている。

ぱちり、と小さく音を立てる。


老師は、その場に立ったまま、しばらく何も言わなかった。


やがて――深く、息を吐く。

「……まったく」

呆れと、諦めと。そして、ほんのわずかな期待。

「病の龍、か」

ぽつりと呟く。心当たりは、ひとつしかない。


あれが動けば、面倒どころでは済まない。

世界の均衡すら揺らぐ可能性がある。


「また面倒事を拾ってきおって……」


だが、その声は、どこか穏やかだった。


止めなかったのは、自分だ。

止められなかったのも、自分だ。


そして何より――あの子は、必ずやる。

知っているからこそ、送り出した。


暖炉の火が、静かに揺れる。


小さな冒険者たちは、すでに遠い場所にいる。

その行き先が、どれほど危険であろうとも。

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