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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第一章

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第二十話

夜は静かに降りていた。

森の外へと続く道は、昼間とは違う顔をしている。枝葉の隙間から覗く空は深い藍に染まり、ところどころに瞬く星が、遠い世界の存在を思い出させるようだった。


振り返れば、あの石造りの庵が小さく見える。

暖かな灯りが窓からこぼれ、夜の中にぽつりと浮かんでいる。


その前に、ミアが立っていた。

白いフードは被っていない。真珠色の髪が、夜の中で淡く光を受けている。小さな体で、めいっぱい腕を振っている。


「またねー!」


声が届く。

距離はもうあるはずなのに、不思議とよく響いた。

ナギの姿も、その少し後ろに見える。腕を組んで、あきれたように立っているが、完全に止める気はないらしい。


ニチカは、歩みを止めた。

ほんの一瞬。

そして、軽く手を上げて応じる。

それだけで十分だった。

再び歩き出す。

やがて木々が視界を遮り、灯りは見えなくなる。

完全に、切り離される。


それでも――胸の奥に、何かが残っていた。


ニチカは、無意識に手を当てる。

心臓のあたり。

さっきまで、確かにそこにあった温もりを確かめるように。


(……ああ)


小さく息を吐く。

そして、ほんのわずかに笑った。

こんな感覚は、初めてだった。

何かを手に入れたわけではない。利益があったわけでもない。

それでも――

確かに“満たされている”。


隣を歩くシレンが、ふと足を止めた。

気配が変わる。

先ほどまでの穏やかな余韻は、すっと引いていく。

代わりに現れるのは、見慣れた“商会長”の顔。

鋭く、無駄のない視線。

感情を切り分け、必要なものだけを残す、あの男の目。


「ニチカ」

低く呼ばれる。

ニチカは、自然に視線を向けた。


「あの方たちについては、他言無用だ」


短い。だが、余地はない。

命令ではない。

確認でもない。

決定事項。


ニチカは、わずかに目を細める。

(やっぱりな)

何も知らないわけではない。

あの場で起きていたこと。

シレンの反応。

老師の在り方。

ミアの歌。

どれを取っても、ただ事ではない。

事情がある。

それも、かなり深いものが。


だが。

ニチカは、静かに頷いた。

「わかってるよ」

あっさりと答える。

そこに迷いはない。


商人は、約束を破らない。

それは信念ではなく、前提だ。

約束を守ることが、そのまま価値になる。

信用は、何よりも重い資産。

それを損なう行為は、自分の評価を落とすことと同義。


そして――もうひとつ。

(約束したしな)

ミアと“友達になる”と。


その言葉は軽かった。

だが、軽いからといって無価値ではない。

むしろ――

彼にとっては、これまでのどんな契約よりも曖昧で、だからこそ重い。


シレンは、そんなニチカを一瞬だけ見た。

その目は、何かを測るようでもあり、すでに答えを知っているようでもあった。

そして、わずかに息を吐く。


「……友として関わる分には、許可を出そう」


その言葉は、静かだった。

だが――

異例だった。


ニチカの眉が、ほんのわずかに動く。

(……へえ)

内心で驚く。

制限されると思っていた。

関与を禁じられる可能性すらあった。

だが、違った。

許可。

しかも、“友として”という形で。


それは、シレンにしてはあまりにも優しい譲歩だった。


ニチカは、ちらりと横目で祖父を見る。

その横顔は、すでにいつもの冷静さを取り戻している。

だが――完全ではない。

ほんのわずかに、残っている。

あの庵で見せた、柔らかな何かが。


(……そんなにか)


思う。


(そんなに、あの子が可愛いのか)


否定はしないだろう。

むしろ、隠しもしないはずだ。


ニチカは、小さく笑った。

「太っ腹だね」

軽く言う。


シレンは、視線を前に戻したまま答える。

「例外は、時に必要だ」


それだけ。


だが、その“例外”がどれほどの意味を持つかを、ニチカは理解している。


夜の道を、ふたりは並んで歩く。

言葉は少ない。

だが、沈黙は重くない。


ニチカは、もう一度だけ胸に手を当てた。

あの温もりは、まだ残っている。


(……次は、何して遊ぶかな)


そんなことを考えている自分に、少しだけ呆れながら。

それでも、その思考を否定はしなかった。


夜は深く、静かに続いていく。

だがその先に、確かに“次”があると、彼は疑っていなかった。

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