第四十四話
「なにか、天からお告げでもございましたか?」
食べ終えた串を返し、軽く手を拭う。水で指先を流してから、ようやくミアは司祭へと向き直った。
ローブの奥、視線は静かだ。
問いは柔らかい。だが、その芯は真っ直ぐに相手を射抜いている。
司祭は一瞬だけ目を細め、それから穏やかに笑った。
「ほう……これはまた、率直なお方だ」
感心したような声。
だが、否定はしない。
「お告げ、と申しますか……導き、と言い換えた方がよろしいかもしれませんな」
ゆるやかに言葉を選びながら、杖を軽く地に触れさせる。
その動作に合わせて、周囲の空気がわずかに整う。
意識すれば分かる程度の変化。
ならされた風。
ミアはそれを黙って受け取る。
司祭は続けた。
「この街は、風の加護によって成り立っております。しかしながら、その風もまた――正しく在らねばならぬ」
正しく。
その言葉だけが、わずかに重い。
「昨今、些か揺らぎが見受けられましてな」
柔らかい口調のまま、視線だけがミアへ向けられる。
責めるでもなく、断じるでもない。
ミアはわずかに首を傾げた。
「揺らぎ、ですか」
とぼけた調子。
だが逃げてはいない。
司祭は頷く。
「ええ。風とは本来、秩序の中でこそ恵みをもたらすもの。無秩序な応答は、やがて人を惑わせる」
言葉は穏やかだ。
だが、その内側にあるものは明確だ。
――逸脱は許さない。
ミアはしばし黙る。
風が、ふっと通り過ぎた。
先ほどまでのやわらかさに、ほんの少しだけ縛りが混じる。
その中で、ミアは静かに口を開いた。
「でも」
一言だけ、短く、区切る。
「応えてくれる風も、あると思いますよ」
断言ではない。ただ、自分が触れた風のことを告げる。
司祭の笑みが、ほんのわずかに深くなる。
「……ほう」
興味を持った声音。
否定はしない。
だが、受け入れもしない。
その均衡のまま、司祭は一歩踏み込んだ。
「もしよろしければ、一度――神殿へお越しいただけませんかな」
誘いの形。
だがその実、確認であり、選別の前段階。
ユエリーの気配が、わずかに鋭くなる。
ミアはそれを横で感じながら、少しだけ考える素振りを見せた。
風が止まる。
一瞬だけ。
そして――
「いいですよ」
あっさりと頷いた。
迷いはない。
むしろ、待っていたかのように。
司祭の目が、わずかに細まる。
その奥で何かが確かめられる。
ミアは軽くローブの端を整えた。
「ちょうど、見てみたかったんです。この街の正しい風っていうのを」
柔らかな言い方。
だがその言葉は、静かに踏み込んでいる。
司祭はゆっくりと頷いた。
「……ご案内いたしましょう」
風が、また流れ出す。
今度ははっきりと、整えられた方向へと。




