第四十三話
そして来客は、思っていたよりもずっと早く現れた。
屋台の煙が風にほどけ、焼けた肉の匂いが広がる中――その流れに、わずかな淀みが混じる。
人の気配が寄る。
意図を持って。
「貴女が風の唄歌いさんですかな?」
穏やかな声だった。
振り返れば、そこに立っていたのはひとりの老人。
白い法衣に身を包み、年季の入った杖を手にしている。背はわずかに曲がり、動作もゆっくりとしている。
一見すれば、どこにでもいる優しげな好々爺。
だが――その笑みだけが、どこか深い。
表面は柔らかい。けれど奥行きが読めない。
ミアはローブの奥でわずかに目を細めた。
アルヴェリオと同じだ。
柔らかく見せて、決して隙を見せない種類の人間。
「……そう呼ばれることもあります」
否定も肯定もしない。
曖昧な返し。
老人は満足げに頷いた。
「ほう、それはそれは。昨日から評判でしてな。風が喜ぶ歌をうたう少女がいる、と」
周囲の人々も、気づけば足を止めている。
興味本位の視線。期待と、少しの警戒。
老人は一歩、距離を詰めた。
「わしはこの街の神殿を預かる者。しがない正教会の司祭にございます」
名乗りは控えめ。
だが、その立場は決して軽くない。
この街における正しい祈りを司る側の人間。
ミアは小さく会釈を返した。
「ご丁寧にどうも」
それ以上は言わない。
相手の出方を待つ。
司祭はしばしミアを見つめた。
ローブに覆われた姿。見えない顔。
それでも、何かを測るように。
やがて、ふっと微笑む。
「少し、お時間をいただけますかな」
やわらかい言い方。
だが拒絶を想定していない声音。
ユエリーの気配が、わずかに変わる。
ほんの一瞬だけ、空気が張り詰めた。
ミアはそれを横目で受け取りながら、屋台の串をひとつ持ち上げる。
「……食べながらでもいいですか?」
軽い調子。
緊張を和らげるようでいて、主導権を手放さない言い方。
司祭はくすりと笑った。
「もちろん。若い方の食事を邪魔するのは無粋というものですな」
そのまま、自然な流れで並ぶ。
まるで最初からそこにいたかのように。
風が、ふっと通り抜けた。
先ほどまでのやわらかさに、わずかな緊張が混じる。
ミアは串にかぶりつきながら、何も言わない。
けれど内側では、すでに理解している。
――来た。
釣り上げたのは、思ったよりも大きい。




