第四十二話
その後もミアは、足の向くままではなく――風の導くままに歩いた。
石畳を抜け、街外れへ。葡萄棚の下をくぐり、陽を受けて揺れる葉の隙間で一節。
麦畑では、まだ青い穂がさざめく中に腰を下ろし、短く爪弾く。
誰かに頼まれたわけではない。報酬を求めたわけでもない。
ただ、そこに求める気配があるから応じる。
風は、場所を選ぶ。
どこで鳴らすべきか、どこで触れるべきかを知っているかのように。
ミアはそれに逆らわない。
導かれるままに、歌い、奏でる。
やがて陽が高く昇り、影が短くなる。
気が付けば、昼時だった。
「お腹減ったねー、ユエリー」
軽く伸びをしながら振り返る。
街へ戻る道すがらミアが言った。
「屋台があるな。小銅貨三枚で串焼きだ」
簡潔な報告。
煙が立ち上り、肉の焼ける匂いが風に乗ってくる。
ミアはくすりと笑った。
「ふふ。昨日稼いだ分があるから食べ放題だよ?」
ローブの内側で小さく袋を揺らす。かすかな金属音。
ユエリーの視線が、わずかに細まる。
「今日の演奏では金を取らなかったな」
事実だけを述べる声音。
ミアは肩をすくめる。
「うん、風の精霊の求めに従っただけだし。それに――」
一拍、間を置く。
視線は、街の中心の方角へ。
目には見えないが、感じる。
整えられた流れ。押し留められた風。
その中で、わずかに増え始めている揺らぎ。
ミアの口元が、ほんの少しだけ上がった。
「もうちょっとで釣れると思うんだよね」
軽い調子。
だが、その言葉の意味は軽くない。
風はすでに応え始めている。
子供たちの歌。家の中の静かな揺らぎ。畑を渡るわずかな変化。
点は、増えている。
あとは、それが線になるだけ。
ユエリーは何も言わない。
ただ、その視線だけが僅かに鋭くなる。
誰を釣るのか。
聞かずとも分かっている。
ミアは屋台へと歩き出した。
焼ける音。油の弾ける匂い。
人の生活の中に混ざる、いつもの風景。
その中で、風は今日も――少しずつ、形を変え始めていた。




