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星眼の魔女 第二部  作者: しろ
第二章

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第三十七話

「おはようございます、領主さま」


ミアはローブの奥でわずかに頭を下げ、昨晩と同じ席にユエリーと並んで腰を下ろした。


大きく取られた窓からは、朝の光がまっすぐ差し込んでいる。高所にあるこの食堂は風をよく通し、軽やかな空気が常に流れているはずだったが――今はどこか均質で、整えられすぎた静けさがある。


風はある。だが、触れてこない。


その違和感を、ミアは言葉にせず飲み込んだ。


対面に座るアルヴェリオは、相変わらず柔らかな笑みを浮かべている。


「お待たせしてしまいましたか?」


「起こしてしまったなら申し訳なかったね、朝は鍛錬で早いものだから」


軽やかな応酬。

しかしその奥に、互いに探るような気配がある。

ミアは小さく首を横に振った。


「いいえ」


短く、それだけ。

余計なことは言わない。

言葉は少ないほど、相手の出方が見える。


「それで、今日も歌いに行くのかい?」


問われて、ミアは頷いた。

ゆっくりと、今度は縦に。


「はい」


それ以上の説明はしない。

だが沈黙は続かず、ミアの方から視線を外し、窓の外へと向けた。


遠くに見える風車群。

規則正しく回り続ける羽根。

その動きに合わせて、街の機能が保たれている。


「この都市は、風車によって汲み上げられた水を水路に通して街に行き渡らせ、農業や生活用水に用いているのですね」


何気ない観察の形を取りながら、核心へ触れる。

アルヴェリオは一瞬だけ目を細めた。


「……ああ」


わずかな間のあと、頷く。


「風の恩恵によるところは大きい。周辺には小さな湧き水や小川しか無かっただろう?元々水源に乏しい土地なんだ」


言葉は事実だ。

だが同時に、それは依存の告白でもある。


ミアは頷いた。


「なるほど、風があってこその街ということですか」


「その通りだ」


アルヴェリオは肯定しながら、ほんのわずかに視線を落とした。


「小規模な神殿ならあるのだが、起こせる奇跡は限られている」


その言葉の響きに、わずかな重みが混じる。

奇跡に頼りきることはできない。


だからこそ、風に頼る。

そして今――

その風が、どこかおかしい。


ミアはパンに手を伸ばしながら、何気なく問いを重ねた。


「では、その風がもし――思うように働かなくなったら?」


問いは柔らかい。

だが、逃げ場のない形をしている。

アルヴェリオの手が、ほんの一瞬だけ止まった。


ナイフとフォークが皿の上でかすかな音を立てる。


「……困るだろうね」


軽く笑って見せる。


だがその笑みは、昨晩よりわずかに浅い。


「だからこそ、安定させる必要がある」


安定。

その言葉に、ミアは小さく目を細めた。

整えられた風。

制御された流れ。


それは確かに便利で、安全で、正しい。

けれど――


「安定していることと、生きていることは、同じではないですよね」


ぽつりと落とされた言葉は、あまりにも静かだった。

ユエリーの視線が、わずかにミアへと向く。


アルヴェリオは答えない。

答えずに、ミアを見た。


レースに隠れたその顔を、値踏みするようにではなく――測るように。


その沈黙の中で、風だけが、規則正しく窓辺を通り過ぎていく。


ミアは何も言わない。


ただ静かにパンを口に運び、いつも通りの朝の所作を崩さない。


けれどその内側では、すでに次の一手が組み上がっている。


ここは、風の都。

そして今、その風は――

誰かが整えているのだろうか。

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