第三十六話
さきほどまでのぬくもりを振り払うように、ミアは素早く身を起こした。
ローブを手に取り、頭からすっぽりと被る。
白いレースが視界の端を落ち着かせ、外と内をきっぱりと分ける。
いつもの外の自分に戻るための、わずかな儀式。
「出るね」
短く告げて、扉へ向かう。
ユエリーは何も言わない。
ただ、その背を見ている。
――コン、コン。
もう一度、控えめなノック。
ミアは息を整え、扉を開いた。
そこに立っていたのは、メイド服に身を包んだ女性だった。
整えられた姿勢。
視線は下げられ、動きに無駄がない。
ミアの姿を認めると、すぐにぺこりと頭を下げた。
「領主さまが、食堂でお待ちです」
淡々とした伝達。
それ以上でも、それ以下でもない。
ミアは一瞬だけ瞬きをする。
まだ朝の空気はやわらかく、完全に目覚めきった時間ではない。
「……早いね」
思わず、独り言のように零れる。
貴族の朝とは、こういうものなのか。
あるいは――
単に、自分たちを待たせないための“配慮”か。
どちらにせよ、断る理由はない。
呼ばれている以上、出るしかない。
ミアは軽く頷いた。
「すぐに伺います」
それだけ返す。
メイドは再び一礼し、静かにその場を下がった。
扉を閉める。
ミアはそのまま一瞬だけ立ち尽くした。
わずかに息を吐く。
そして振り返る。
「……だってさ」
肩をすくめるように、ユエリーへと視線を向けた。
朝の静けさは、もう終わりを告げている。




